夢と幻










 夢だな、これ。

 絶対に夢だ。

「キミ、座りなさい」

「あ、はい」

 返事を返しつつ、馴染みのある、けれど、この時全く馴染みのない場所に腰掛ける。

 幽玄の間。

 新初段シリーズで塔矢先生と打った場所。

  

 そして、目の前には昨年お亡くなりなった、塔矢先生。

 何もかもがあの頃のものだ。

 だけど、これは幻───あるいは、夢。

 こにはアイツがいない。

 居る筈のアイツがいない。

 藤原佐為が。

 だから、これは夢。

 夢のはずだ。

 夢のはずなのに、何故こんなに嬉しい?

 アイツがいないのに。

 多分……………

「時間になりました。新初段の先番でコミは逆コミ5目半です。持ち時間は二時間。使い切ってからは一手一分の秒読みになります。では、始めてください」

「お願いします」

「……………お願いします」

 アイツの影響だな。

「塔矢先生」

「………何かな」

「少し話をしてよろしいですか?」

 周りが、僅かにざわめく。

 新初段が生意気な、なんて思われているんだろうなー。

「…………………………」

 あの囲碁馬鹿の。

 神様か何だか解らないけど、この夢で塔矢先生に結局伝えることの出来なかったことを伝える。

 そして。

 オレの全力を持って、全盛期の塔矢行洋に勝つ!

 棋聖、名人、王座、十段、天元、……………そして、本因坊。

 八大タイトルの内、六つは手に入れた。

 でも、それは塔矢先生が引退しなかったならば、あり得なかった。

 だから、試したい。

 このオレの、進藤本因坊の力を。

「構いまわないが……………」

 塔矢先生の言葉に、静かに頭を下げた。

「先生には話していませんでしたよね。何故、息子さんである、塔矢アキラが私に固執するのかを」

「…………………………」

 周りが幾分動揺した気配が伝わるが、塔矢先生はオレの言葉を黙って待っている。

 だから、オレは言う。

 先生の生前に言えなかった事を。

「覚えていますか? 二年前のことを」

 オレも二十六になっているんだ、敬語が、丁寧な言葉が淀みなく出せる。

 アイツみたいに。

 これが夢ならば、これが夢であってくれるなら……………

 今、オレは、オレはアイツの影を背負う!

「ああ、キミに私が大局を申し込んだ時のことかね」

「そうです」

「緒方先生に無理やり引き連れられて貴方と対峙し、オレが一方的に放棄したあの時のことです」

「覚えている。アキラに二度も勝利したキミに興味を抱いた私がキミと3子を置いて対局した。あの一局だろう」

「はい。その通りです」

 佐為、見てるか?

 今から、オマエが、藤原佐為が存在した───という証を残してやるからな。

「あの時は3子を置いてでしたが、今回は新初段シリーズとしてではなく、互先としてこの一局を打ってください。このもう一人の進藤ヒカルである、sai相手に」

 今のオレなら、佐為と同じ───それ以上に打てる!

「いいだろう」

「では、改めてお願いします」

 パチ───ッ!

 碁盤に澄み切った音が響く───。



























 すげぇ、流石、塔矢先生だ。



 パチッ。



 オレの一手を封じつつ、攻勢に出てくるなんて。



 パチっ


 パチッ。



 でも。




 パチッ!




 でも!




 パチッ!




 このままじゃあ、力不足だぜ、塔矢先生!

 この進藤本因坊の前ではっ!





 パチッ!!





「ふぅぅぅぅうぅ……………」


 大きく息を吐き出す。

 強い。

 流石は塔矢名人。

 流石だ。

 でも、オレの勝ちだ!

 もう盤面は動かない!

 コミを入れても、俺の一目半勝ち。

 この戦い、オレが勝つ!



 パチッ!



「……………負けました」

「ありがとうございました……………」

 塔矢先生の言葉を聞き、胸の中に使えていたモノが外れたような気分だ。

 これが、神の一手を極める感触。

 これが、アイツが熱望し、遂には叶えられることがなかった望み。

 そして、これがオレが歩んでいる道。








































 って、これで終わればメデタシメデタシ───なんだろうけどなー。

 オレは神かさまにすッげー、嫌われているみたいだ。

「佐為、ここ打つといいか?」

「いえ、ここはここに打つのが良いと思います」

 今、オレは、森下師匠たちと研究会をやっている。

「すっげっス。佐為さん」

「ありがとう。和谷君」

 尊敬の眼差しを向けてくる和谷に、苦笑が出ないように注意しながら礼を言う。

「でも、本当に凄いですね」

「煽てても何も出ません」

「キミにはこの碁の才能があるじゃないか」



 才能……………かぁ。

 まぁ、神さまに嫌われているだけだろうけどな。



「ありがとうございます。少しヒカルと変わります」

 森下師匠に一言言って、目を静かに閉じる。

 そして、ゆっくり目を見開く。

「和谷。佐為はどういう手を打ったんだ!」

「ここだよ、ここ。やっぱすげーよ。佐為さんは」

「そうだろう」

 複雑な気分を押し殺し、和谷に同意を示す。

 今のオレは多重人格って扱いになっている。

 進藤ヒカルには、ヒカルと佐為が存在することはもう囲碁界どころか、世界的に有名になってしまった。

 原因は、saiとしてネット碁で思っていた以上にsaiの名前が世界的に有名になっていたこと、あの塔矢先生との一局だ。

 そりゃ、夢と思って全力で戦ったオレもマズかったけどさー。

 あの後、塔矢とかの追及を逃れる為に、てきとーな言い訳で誤魔化した結果がこれだ。

 何も知らなかった天野さんが、佐為のことを書いたのが原因の一つもあるけどね。

「ホント、すっげーよな。佐為さんは」

 ホント、凄いことになってるよ、全く。






















 でも、すっげー、楽しいし嬉しい。

 だって、オレを通してだけど、皆が佐為のことを知っていてくれるから。





 あとがき

 ヒカルの碁です。
 以上。


 石投げないで。
 つい調子にのって書いちゃいました。てへっ。
 だから、石投げないで。