それはある日の放課後だった。いつものように帰り支度を済ませようとしているシンジに声がかけられた。
「シンジ、ちょっとええか?」
振り向いた先にいたのは級友の鈴原 トウジだった。
「・・・?」
話す機会なんて休み時間の間にいくらでもあったはずなのに、
わざわざ放課後を選ぶとは、それ相応の理由でもあるのだろうか?
顔に疑問符を貼り付けるシンジにトウジは続ける。
「ちょっと相談に乗ってもらいたいんや」
「相談?」
オウム返しに聞き返すシンジにトウジは辺りを見回すと、小声でシンジに告げた。
「ここやと何やから、センセ、廊下出るで?」
そう言うとトウジは半ば強引にシンジを教室の外に連れ出した。
その際シンジは、さりげなく自分たちの動向に目を向けている洞木 ヒカリの姿に気づいていた。
「・・・・・・・・・」
早く家に帰ろうと思っていたところを邪魔されたシンジは口には出さなかったが、ご立腹だった。
心底不機嫌そうな顔してトウジを見つめている。(顔には出していた)
そんなシンジの空気を察してかトウジは、申し訳なさそうに語り始めた。
「なあシンジそんな顔せんと、まあ話を聞いてや」
怪しげな関西弁を巧みに操り、軽やかに会話を切り出そうとするトウジ。
そんな彼にシンジは憮然とした態度で言葉少なく尋ねる。
「・・・話?」
「・・・そうや」
そこでトウジは言葉のトーンを極端に落とした。
まるでこれから大切なことを打ち明けるように。
まあシンジはこんなジャージの与太話など、さほど聞く気にもなれなかったが、
聞きたいと願う人物が窓の外に張り付いているいる以上、話の腰を折るのは可哀想だと止めておいた。
いつのまにか委員長の洞木 ヒカリが窓際の席まで移動してきて窓ガラスに耳をくっつけている。
きちんと確認したわけではないが、窓越しに見える三つ編みのシルエットは彼女に違いないだろう。
鈴原 トウジに淡い恋心を抱く少女が、自分達の会話を盗み聞きしようとしているのだ。
それは褒められた行為ではないが、自分が好意を持つ相手の動向が気になるのは仕方がないことだろう。
あえてシンジはヒカリの存在に気づいていないフリを貫くコトに決めた。
「・・・・・・・・」
「・・・・・トウジ?」
自分から切り出しておいて一向に話を進めようとしないトウジを怪訝に思い、シンジは彼の名を呼んだ。
話すのを躊躇うような迷っているようなトウジ。
こんなトウジを見るのはシンジは初めてだった。
しばらくの沈黙が流れた後、トウジはその重い口を開いた。
「・・・・あのなシンジ・・・聞いてくれ・・・ワイ・・・おかしいんや」
「・・・・・・・・・・」
何を今更?と思ったシンジだったが、『それは知ってるよ』なんてツッコミは敢えてしなかった。
どうやら、トウジは悩んでいるらしい。
普段からむさ苦しいジャージ姿に怪しげな関西弁で辺りに不快感と騒音をまき散らされててウザいと思っていたのに、
こんな風にナヨナヨされていたらキモくて仕方がないなあとかシンジは心で思いながらも、
外面はトウジを気遣う仮面を剥がそうとはしない。
「どうしたんだよ?・・・急に深刻になってさ。トウジらしくないよ。僕でよかったら話を聞くからさ」
「・・・・・シンジ、聞いてくれるんか?」
「当たり前じゃないか、僕たち『トモダチ』だろ?」
「・・・・・・スマンなあシンジ。やっぱ持つべきモンは友達やなあ」
いかにも心配してそうな素振りと 『〜らしくないよ』 『よかったら話を聞くから』 『トモダチじゃないか』
などという友人間の誘導尋問によく使われる言葉を巧みに操り、トウジの心の枷を外していくシンジ。
無論、シンジは『話を聞くから』とは言ったが、『力になるよ』とは約束していない。
友達という文字をカタカナで発音する辺りシンジは、最初から真面目に話を聞くつもりなどないのだ。
だがそんなシンジのインナースペースなど見通せないトウジは、心底彼を信じ切っていた。
意を決したトウジはシンジに語り出す。
「話いうのんは・・・惣流のことなんや」
「・・・アスカ?・・・アスカがどうかしたの?」
「あのな、惣流に一言、言われるたびに胸が締め付けられるんや」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・アイツと話とるだけで、こう胸の奥がざわざわして落ち着かないんや」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「アイツのこと考えるだけで、こうグツグツと沸き起こるモノがあるんや」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・シンジこれ何やと思う?いてもたってもいられへん。・・・ワイおかしいやろ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
トウジがシンジに打ち明けたことは、こんな内容だった。
何のことはない。
そりゃ顔会わせる度に、『邪魔よジャージ』 『向こう行ってよジャージ』 『視界から消えてよジャージ』
『臭いのよジャージ』 『早く死んでよジャージ』 何て言葉を浴びせられれば誰だって落ち着かない気持ちになるだろう。
その沸き起こる感情を『怒り』と認識できないのは、トウジが馬鹿故だろうか?
折角シンクロテストもなくマンションでマターリとできると思って所を邪魔された上に、
こんなくだらないことを聞かされるとは思ってもいなかった。
くだらない時間を過ごさせてくれた友人にほんの少しお礼をしてあげても罰は当たらないだろうとシンジは思った。
そしてすぐさま実行する。
「・・・トウジいいかい?」
「・・・なんや・・・シンジわかるんか?せやったら教えてや?」
「それは・・・きっと」
「・・・きっと?」
長い沈黙の後、シンジは言葉を吐き出した!!!
「アスカに恋してるんだよ!トウジは!!!」
「なんやってええええええーーーーーーーーーーーーーー?
「胸キュンだよトォオオオオオオジィィィイイイィイイイイイ!!」
「ホンマかいなあああああ あああああああああああああ!!」
「萌えてんだよぉおおおお!てめええはあああ!!!」
「ぅうおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」
バン!と窓越しの席から、(おそらく洞木 ヒカリが座っていた場所と考えられる)
まるで思い切り机に顔面を激しく打ち付けたような音が聞こえた気がするが、
シンジは気のせいだと思うことにした。
(注)・・・この作品のシンジは性格を一部変更しております。
「ヒカリー!!!!!ど・・・どうしたのー?」
何やらクラスの中から、ある女生徒を気遣う女の子の声も飛び交っている気がするが、まさに気のせいだろう。
何も聞こえない・・・今日も良い天気だ。
シンジは遠くの景色をぼんやりと見つめながら、そう思った。
「・・・し・・・知らんかったわ・・・ワイが・・・・そんな」
そんなシンジの視界の片隅で何やらジャージが狼狽えていて非常に目障りだった。
『もう十分面白かったし、さあ早く家に帰ろう』の思考の元にシンジは優しくトウジに語りかけた。
「誰だって自分の本当の気持ちと向かいあうのは怖いものだと思うよトウジ。
でも結局それは自分で解決するしかないんじゃないかな。
家に帰って一人でゆっくり考えてみた方がいいと僕は思うよ」
(これ以上付き合ってられないしね。僕に迷惑かけない程度に後は勝手にしてよ)
優しげな口調と表情の裏側に、ドス黒い感情を忍ばせながらシンジはトウジを諭す。
「そうやな・・・一晩ゆっくり考えてみるわ」
「それがいいと思うよ、トウジ」
この物語はそんな馬鹿なノリから始まる。
新世紀エヴァンゲリオン SS
ドキドキ アスカたん エピソード G
作・ジョニー・MAX
「・・・ってトウジが昨日の放課後そんなことを言っていたんだ」
「・・・・へえ。でシンジはそんなトウジをからかって遊んでるワケなんだな」
トウジは早速昨日の放課後の出来事を級友の相田 ケンスケに伝えていた。
「別に遊んでるつもりはないんだけどね」
「そういうことにしておくよ。お、噂のトウジの登場だ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
シンジは視線だけトウジに移して様子を見てみる。
さほど違和感は感じない。
クソ暑い夏なのに相変わらずのジャージ姿もそのままだ。
一晩経って、自分の勘違いに気付いたのだろうか?
でもまあそれも仕方ないかと視線を戻そうとしたシンジの視界に、全く対照的な人物が飛び込んできた。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
それは昨日とはうって変わって血色の悪い青ざめた顔したクラス委員長洞木 ヒカリの姿だった。
昨日一睡もしていないのだろうか?目の下に真っ黒なクマまで作って痛々しい表情。
『私ブルー入ってます』といわんばかりに項垂れた姿勢。
まるで信じたくないことを聞かされた直後のようだ。
「どうしたんだろう?委員長・・・・元気ないよね」
無論それが自分に原因があることを踏まえた上で白々しくヒカリの心配をするシンジ。
「ショックなことでもあったんだろ?っていうかトウジ、あんまり変わった様子も感じられないよな」
「そうだよね。変に期待して損しちゃったかな?」
そんな何気ない会話をケンスケと交わしながら、シンジはホームルーム前の時間を過ごしていた。
このときはまだこれからとんでもない日常が展開されるとは思いもしないまま。
「あ、そういえば、惣流まだ学校来てないのか?シンジお前一緒だったんじゃないの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
ケンスケの言葉でシンジは、一瞬はっとした顔をして答えた。
「家に・・・・忘れてきた」
ドタドタドタドタドタドタドタドタドタ
シンジがそう漏らしたと同時に廊下から騒がしいまるで漫画の登場人物が急いで廊下を駆け抜けているような、
騒音を撒き散らしながら近づいてくる存在があった。
その音が自分達の教室の前で止まったと思ったと同時に勢いよく扉が開かれる。
ガラッッ
そこには両肩を上下させ息を荒げ、怒りの表情を浮かべ顔を真っ赤にしたアスカの姿が。
そして開口一番。
「こおおおんのおおおおおおお、馬鹿シンジィイイイイ!!!!!!!!」
怒声でおはようの挨拶を交わしてきた。
「どうした?どうした?」
「何?アスカどうしたの?」
「何か怒ってるぞ」
「走ってきたのか?」
当然のように、ざわざわと教室が騒ぎ出した。
そんな中をアスカはぐるりと眺めシンジの姿を見つけると今度はカツンカツンカツンと音を鳴らしながらこっちに近寄ってきた。
「おいシンジ、惣流の奴、怒ってるぜ大丈夫かよ?謝った方がいいんじゃないか?」
新世紀 エヴァンゲリオンの主人公 碇 シンジの性格が本来の設定のままであったのなら、
『ごめん、アスカ』とすぐ反射的に謝る情けない場面が展開されるのだろうがこのSSではどうやら違うようだ。
「ねえ、ケンスケ。さっきはドタドタって音が鳴ったと思ってたのに今度はカツンカツンって音が鳴ってるよ。
アスカの履いてる靴って不思議だねえ。どんな素材で、できてるのかな?
そういや小さい頃、僕もキュッ、キュッって『音が鳴る靴』履いてたっけ。
それと同じかな。あははは」
なんてことをすました顔でケンスケに話しかけている。
「おいおいおい、シンジそんな余裕かましてる場合かよ?・・・・あれ絶対に・・・ヤ・・・・」
バン!!!
「!!!!!!!!」
ケンスケ喋ろうとした言葉の続きは勢いよく机をアスカが掌で叩きつけた音に寄って遮られた。
その音に驚いたケンスケびくりと後ろに仰け反る。
そしておそるおそるアスカの様子を伺おうとしている。
だがそんなケンスケに対し、アスカの怒りの対象であろうはずのシンジは涼しい顔している。
というよりアスカの顔すら見てもいなかった。
完全にそっぽを向いていた。
「どういうつもりよ。シンジ!!!!なんで起こさなかったのよ!!!
危うく遅刻しそうになったじゃない!!
このあたしに遅刻させて恥じかかせるつもりつもりなの!!!!
あんた何様?いいかげんにしなさいよ。この馬鹿シンジ!!
さあ、答えなさい!!!なんであたしを 起・こ・さ・な・か・った・の・よ!!!!!」
「忘れてたからだよ」
スタッカートをふんだんに取り入れて歯切れ良く、語調を強調するアスカに対してシンジは即答で答えた。
『よ』と言うアスカの最後の発音が聞こえるか聞こえないかの刹那を見極めた神速の返答だった。
無論シンジはアスカの顔すら見ていない。
彼の視線は何時取り出したのか手元にある漫画本 『聖闘士○矢 エ○ソードG』 に向けられたままだった。
アスカの顔が怒りでさらに赤く染まっていく。
もう耳まで真っ赤だ。
「ムキーーーーーーーー!!!!この馬鹿シンジの分際で人をバカしてええ!!!!」
シンジの人を完全にナメ腐った態度に業を煮やしたアスカはシンジの胸ぐらを掴むと前後左右に揺さぶりだした。
当のシンジは抵抗するわけでもなくヘラヘラと薄ら笑いを浮かべながらされるがままに揺さぶられている。
「ははは。止めてよアスカ。僕が悪かったからさ。アスカにはかなわないよ。いやマジで」
まるで反省の色が見えないシンジにアスカがさらに怒りをぶつけようとしたときだった。
アスカの左肩にそっと手が添えられた。
「何?邪魔しないでよ!!」
キッと自分の肩に手を乗せてきた人物を睨み返そうとするアスカ。
そこには意外な人物の姿が。
「・・・・・・・トウジ?」
アスカの横からにゅっと顔を出すような姿勢でシンジはその人物を確認し名前を呼ぶ。
「鈴原?ちょっと、アンタ何、人の肩に気安く触れてんのよ?触んないでよ!!!」
「惣流、ワシはお前に言わなあかん。言っとかな気が済まんのや」
何やら喧嘩腰でアスカに話しかけるトウジ。
「うるっさいわね馬鹿ジャージ。だから馴れ馴れしく人の肩に触るんじゃないって言ってるでしょ!!!
人類の言葉が通じないの?いい加減にしないとブッ飛ばすわよ!!!」
「・・・・・・・・・惣流・・・ワイはな。」
「ワイでもエックスでもゼットでもいいから、さっさとあたしの視界から消えなさいって言ってんのよこの馬鹿!!!」
トウジの唯ならぬ雰囲気も今のアスカには全く感じ取れないようだった。
そしてそんなアスカの罵声を浴びながらも、トウジは辿々しくも言葉を紡いでいく。
思いの丈を短い言葉に一つ一つ宿らせながら。
「・・・・お前に」
「『お前』?お前ですってえええ?今度はお前呼ばわりされるなんて。もう不愉快だわ!!
アンタみたいなジャージにお前呼ばわりされる筋合いなんてないわよ!!
っていうかさっきから自分の世界に入り込んでるんじゃないわよ!!!」
ぽつりぽつりと語りかけるトウジに対して早口でまくし立てるアスカ。
実に対照的な絵だった。
「・・・・お前に・・・・ほ・・・ほ・・・ぉ」
「ほ?ほって何よ?ホウキ?箒が欲しいの?安心しなさい。後で嫌になるぐらい箒でぶん殴ってあげるから!!」
「ほ・・・惚れ・・・・・・」
「ホレ?・・・・聞いたことない日本語ね。一体あんたさっきから何なのよ!!」
「アスカ、少しトウジの言葉を聞いてあげようよ」
「え?シンジ何言ってんの?」
そこで今まで沈黙を続けていたシンジがアスカを制した。
もちろんこの場の演出を考えてのことだ。
唯ならぬ雰囲気を感じてるのはクラスメイト達も同じなのだ。
「何?何よ。シンジ?なんでそこでクラス中、静かになるのよ。ちょ・・・ちょっと何なのよこの空気は?」
シンジの言葉をきっかけにクラスから一切の音が消えた。
狼狽えるアスカ。
皆が固唾を呑んで呼吸するのも止めて、ただトウジから発せられる言葉の続きを待っている。
鈍いアスカもようやくこの異常な事態にきづくことで初めて目の前にいるジャージ姿の少年に目を向けるのだった。
まっすぐとアスカに向けられる真摯な視線。
その瞳はうっすらと潤んでいて、思うように言葉を紡げない自分(トウジ)を情けないと嘆いているように悲しげで。
それでもなんとか言葉を送り出そうとする唇は微かに震えていて。
自分(トウジ)を戒めるために堅く握りしめた拳が、ありったけの勇気をしぼりだそうとする決意の表れのように見えて胸を打つ。
必至で自分(トウジ)を落ち着かせようとするために繰り返す呼吸が切なげで。
これまでクラスメイト達が見てきていた少年と同じにはとても思えなくて。
誰もがこの少年が今から起こすであろう言動から目を逸らせないでいた。
だがそれはあくまでもクラスメイト達の視線であってアスカは違った。
嘗め回すように自分(アスカ)にまとわりつくトウジの視線がおぞましい。
その目はいやらしく自分(アスカ)を辱めてやろうかと考えながら、視姦しているに違いない。
震える唇は、、どこをどう嘗め回してやろうかと舌なめずりしたいのを堪えているからだろう。
握りしめた拳は自分(アスカ)を押さえつけるために力を溜め込んでるように思える。
きつく握りしめられた拳が開かれたとき、奴の手は間違いなく自分(アスカ)に掴みかかってくるだろう。
荒げた呼吸は、極度の興奮状態で理性を失った獣そのものだ。
これまでアスカが見てきた鈴原トウジという少年とは一線を画していた。
アスカは、この少年が次の瞬間にでも自分を犯そうと飛びかかってくるに違いないと確信し、目を逸らせないでいた。
「な・・・何よ言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ!!」
「ワイ・・・・ワイは・・・・・お前に」
「な、何よ?」
「惚れてんのじゃああああああああ!!!!!」
「言いやがった!!!!」
「おおおおおおおお」
「きゃー!!!!」
「すっげえええええええ!!!」
「格好良いぜトウジぃぃいぃい!」
突如大歓声に包まれる教室。
もう教室はちょっとしたイベント会場だ。
だが当の主役であるアスカはあまりの出来事に目を丸くしている。
「なああああ!?」
突然の告白。
しかもクラスメイトと言う観客の前でと言うおまけ付き。
これがアスカでなくとも動揺するのは仕方ないかもしれない。
狼狽える原因があまり有りすぎてアスカは焦りながらトウジに言い返した。
「ちょ、ちょっとアンタ一体何言ってるの?気でも狂ったの?」
「ナニってる?そうやワイお前をネタに昨日さんか・・・・」
バキャアア!!!!
馬鹿が何か下品な言葉を口走りそうになったのだが、それ以上はアスカの鉄拳が発言を許さなかった。
「い・・ぶべええ!!!」
「もう最っ低!!!!」
大の字に伸びているトウジに、アスカは捨て台詞を吐くと踵を返して自分の席へと戻っていく。
「・・・・・・・・・・?」
その途中、彼女が見たものは口からエクトプラズムが滲みだしている洞木 ヒカリの姿だった。
小刻みに痙攣を繰り返し、まるで信じられない光景を見せつけられ、放心しているようだった。
だがアスカにはその原因が自分にあるとは気付いてもいない。
「トウジ・・・・ヤっちまったなあ」
「うん。ヤっちまったねえ」
嵐が去った後、教室は静かなモノだった。
そんな中、ケンスケとシンジは、さもどうでもよさそうにさっきの出来事について語り合ってる。
「これからどうすんだろうねトウジ。」
「さあ、なるようになるんじゃないか?」
床に伸びているトウジに視線を送りながらケンスケはそう言う。
そしてしばらくトウジを見つめながら何か考えているようだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「どうしたのケンスケ?胸に七つの傷でも見つけた?」
「ンなもんあるわけないだろ?・・・なあシンジ、俺たちでトウジの恋を実らせてやらないか?」
「え?」
「こいつってさ、馬鹿でジャージで、怪しげな関西弁でさ」
「うん。馬鹿でジャージで怪しげな関西弁だね」
「いいとこなんて一つもなさそうだろ?」
「うん。実際、ないね」
「まあ、即答するなよシンジ。そんなコイツがあんな必至になってさ。
俺、こいつのあんな姿初めてみたよ」
「うん。告白までは良かったよね。正直アスカも狼狽えてたし。ひょっとして?なんて思ったよね」
「その後が最悪だったけどな」
「うん。ホント馬鹿だよね。でもさケンスケ、トウジの恋を実らせようなんて具体的にどうするのさ?」
「それについては一つ妙案があるんだ。まあ俺に任せてみてよ。明日までには用意するから」
「じゃあ僕はとりあえずトウジをこのままにしておくのも教室の外観を損なうし、保健室にでも連れて行くよ」
「じゃあ、また明日だな。シンジ」
「うんまた明日、ケンスケ」
ふとしたことから、かつて経験したことのない他人の恋の橋渡しという、大役を二人でこなすことになった性格の悪いシンジとケンスケ。
果たしてケンスケとシンジの二人はトウジの恋を見事に成就させ、恋のキューピッドとなることができるのだろうか?
トウジの恋の行方は?
思いがけない告白を受けたアスカの心境の変化は?
これからクラス委員長 洞木 ヒカリが通うことになる精神科クリニックの名前は?
わからないこと、知りたいことはたくさんある。
一体どうなっていくのだろう。
シンジはぼんやりとこれまでのことを考えていた。
本当はこんなちょっとした勘違いや、思い違いから生まれる恋話もあってもいいんじゃないだろうか?と。
きっと未来はまだ決まって無いに違いないのだから。
いろいろな可能性はきっとそこら辺に転がっていたに違いない。
自分はたまたまその可能性の欠片を偶然拾ってしまったんだ。
だからこんな出来事も起こりえる。
僕達のちょっとしたきっかけで、まるで世界が変わってしまったかのような、こんなとんでもない日常が展開される。
この世界は不思議な輪で繋がっていて回っているんじゃないだろうか?
変化のない穏やかな時間も悪くない・・・でも目の前で目まぐるし変わっていく世界の輪に振り回されるも面白いかもしれない。
そんなふうに思えたら・・・・・まだこの世界をもう少し見つめていても悪くないなとシンジはそう思うのだった。
次の日。
普段通り学校に登校してきたシンジの前に、トウジが話しかけてくる。
「なあ、シンジ?ワイこれからどうすればいいんや?このままやったら、惣流の顔まともに見られへん」
どうやら一晩経っても答えは出なかったらしい。
「見られないの?だったら見なければいいんじゃない?」
一言で切り捨てるとシンジは窓の外の景色に視線を移した。
「そんなこといわんといてな。シンジ」
纏わりついてくるトウジをゆっくり引き剥がしながら、シンジは昨日のケンスケのことを教えてあげた。
「そういえば、ケンスケがトウジのことを応援するって言っていたよ。それに何かトウジのために用意してくるってさ」
「ホンマか?いやあ、有難いわ。やっぱ持つべきモノは友達やなぁ。でそのケンスケは?」
「まだ学校に来てないね。今日は遅刻かな?」
「待ち遠しいわ。はよ学校来てくれへんかな。ケンスケはエエ奴や。全く、友達の鏡や」
「そうだね。僕もそう思うよ」
さもどうでもよさそうにシンジはトウジの言葉に適当に相槌を打つ。会話はここで終了・・・・の筈だった。
「でな・・・・シンジ?」
「・・・・・何?」
「お前は?」
「お前?お前って僕のこと?」
「せや・・・・お前やがな」
「僕がどうしたの?僕は私立 第三中学校 二学年 生徒 碇シンジだよ。それがどうかしたの?」
「誰がシンジに自己紹介せえなんて頼んだんや?違うがな」
「違う?」
「せや」
「何が違うの?ちゃんと理解できる日本語を使って説明してよ?」
「だからお前や言うとるやろ?」
「僕が何だよ?さっきまでケンスケの話をしてたのに」
要領を得ない不毛な会話に段々シンジは苛ついてきた。
「それやがな。ケンスケや。アイツはめっちゃ、エエ奴や。ホンマに。ワイのために何かをしてくれようとしているんや」
「だからわかってるって、トウジは何が言いたいのさ?」
「だからそこでお前なんや!」
「だから何で僕なのさ!」
「お前はワイに何してくれんのや?」
「は?」
トウジの言葉に間抜けな言葉を返してしまうトウジ。
「友達のケンスケ君は親友のワイのために今も一生懸命働いてくれとる。わかるやろ?」
「わかるって、ハッキリ言ってよ?」
「ならもう一人のワイの親友、碇 シンジ君はワイの為に何をしてくれるんかなあ〜って聞いてたんや」
「・・・・・ああ、なんだそう言うことか。よくわかったよ」
ぽんと勢いよく、シンジは掌に拳骨を打ち付ける。納得のポーズだ。
そこでようやくシンジは、トウジが回りくどい言い方をしていた事の意味がよ〜くわかった。
要するに友達のケンスケが俺(トウジ)のために頑張ってくれてるんだから、お前も俺の友達なら何か役に立ってみせろと言ってるわけだ。
「なぁ〜んだそんなことだったのか、トウジ。もうハッキリ言ってよもう。あはははは」
「いや、ワイはシンジならわかってくれると思ってたんや。うひゃひゃひゃ」
「ゴメン、ゴメン、あはははははははっっ!!!!!!」
「うひゃひゃっひゃひゃひゃひゃっっ!!!」
二人の心底楽しそうな笑い声が重なり、クラス中にけたたましく響き渡る。
・・・・実に怖い。
『うあっひゃひゃっあははっひゃひゃひゃ!!!!』
笑いながらシンジは、心底こう思っていた。
「あーコイツ、マジでデスノートに名前書いて、
殺してええええええええよおおおおお!!!!」
鈴原 トウジ 死因 衰弱死
2015年 9月17日 金曜日
9月14日未明より、以前から好意を抱いていたクラスメイト 惣流 アスカ ラングレーの盗撮写真を持参したまま、
自室に引き籠もって不眠不休でオナニーに耽り、それ(写真)に向かって全弾を発射。
残弾が無くなったことと、疲労からくる衰弱のため、ティッシュを掴もうとしたところで、9月17日 午後 23時19分 力尽き死亡。
文面まで完璧だ。コイツにはごく自然な死に方だとシンジは思う。
誰も疑問を感じることはないだろう。
でもそんな良いモノは残念ながらシンジは持っていなかった。
だからここはぐっと堪えて、話を流すしかないなとシンジは、ひとしきり笑った後、しぶしぶ言葉を返す。
「ごめん、トウジ、僕はこれといった用意はしてないんだ」
「何やセンセは何もないんかい?ったくクソの役にも立たたん奴やでオノレは。・・・・自粛せいや」
「なら、てめえは粛正してやろうか?」 (ご、ごめんトウジ。でもちゃんと協力するから許してよ)
そんなシンジとトウジの会話を聞いていたクラスメイト達からひそひそ話が漏れる。
(碇かなり頭に血が上ってるぜ?・・・・・ヒソヒソ)
(うん、なんか考えてることと、言おうとしてることが逆になってるよね・・・・・・ヒソヒソ)
(狼狽えまくりじゃん・・・・・・ヒソヒソ)
(っていうかわざわざ最後に「ヒソヒソ」ってつけるの止めにしない?・・・・・ヒソヒソ)
「あーん?なんか言ったかシンジ?よう、聞こえんかったんやけど?」
「ううん、なんでもないよ。でもケンスケが来るまではトウジが一人で頑張るしかないよね」
「それはわかってるんやけど。ああ、もう具体的に何をしていいかわからんのや。どないせー言うんやねん」
トウジはトウジなりに色々考え、苦悩しているようだ。悩める思春期の少年といったところだろうか?・・・・実にくだらねえ。
目の前でむさ苦しいジャージが頭を抱えてクネクネ動いている姿が、
嫌でも視界に入ってくるシンジとしては不快この上なかった。
「じゃあまず、アスカに良いところを見せるところから始めたら?」
「おお?」
あまりにウザイと思ったのでシンジは適当な事をトウジに吹き込んでこの場から離れてもらえるように促すことにした。
「ワイのエエところか?」
「うん。そうだね。じゃあ、とりあえずトウジが自分で思う、自分の良いところを上げてみてよ」
「そりゃあ、顔が男前なとこやろー、足が長いとこやろー、お洒落なとこやろー、男らしいとこやろー、
アカン、有りすぎてとても言いきれんわ」
「・・・・・・・・・・・・・・」
本気でそう思ってるようだ。それだけならまだ良かったのだが、だんだん声を大きくしていくところが・・・・実に気に入らねえ。
「とこやろー」の次は「このヤロー」とか言ってバカ顔を一発ぶん殴りたい衝動にシンジは駆られたが、
それは自分のキャラではないので止めておいた。
・・・これは疲れるなと。
小さく溜息を吐き出すとシンジはトウジに言う。
「いろいろ有りすぎて困るなら、敢えて一つに絞ってそこをアピールしたらどうかな?
例えば、男らしいトコなんてさ」
「せやな!おおきに、シンジ」
適当に言っただけだったのだが、シンジの言葉で何か得るものがあったのだろう。
トウジは満足そうに頷くとようやく自分の席に戻っていってくれた。
(何をする気なのかな?)
横目でなんとなくトウジのそんな姿を見送っていたシンジだったが、教室の扉が開く音が聞こえそちらに視線を移した。
・・・・アスカだ。
今朝は朝食も同じ時間にとらなかったので今日はてっきり遅刻でもするのかとシンジは思っていたのだが。
アスカの席はシンジの後方にあるので、当然アスカが自分の席に座るためにはシンジの席の近くを通ることになる。
カツカツカツと相変わらず大きな音を立てながらアスカが近寄ってくる。
「おはよう、アスカ。どうしたの?朝起きてこれなかったのに早いね」
「・・・・・・・・・・・・」
シンジの挨拶にもアスカは全く答える素振りも見せずにスタスタと自分の席に座り込んだ。
俗に言う女子中学生のシカトという奴だ。
すれ違い様、「ケッ。スカしやがってよ・・・ペッ!」とシンジは唾でも吐きつけたい気分だったが、それも自分のキャラではないので止めにした。
どうやらお嬢様はご機嫌が麗しくないらしい。
まあ朝機嫌が悪い人間なんてそう珍しくもないのでシンジは興味を失い、今度は黒板の方に視線を戻した。
そろそろ朝のホームルームの時間だ。
いつもどおり穏やかにホームルームの時間が過ぎていく。
ただ一つの事柄を覗いて。
朝のホームルームの内容はよく覚えていないのだが、ケンスケが休むと担任の先生が言っていたことだけはシンジは覚えていた。
(ケンスケ・・・・どうしたんだろ?)
シンジの呟きに答える者は誰もいなかったが、ある種の期待感を膨らませるには充分なケンスケの行動だった。
ケンスケは良い案があると言っていた。その案を実行に移すために今も行動中だということだろう。
彼が何を用意してくるかは皆目見当もつかないが、しばらくすれば答えは出るだろう。
シンジは静かにその時を待つことにした。それに楽しみなのはそれだけじゃない。
それにもう一つ、トウジは男らしさをアスカにアピールすると言っていた。
トウジの言動もまた気になるところだ。
最近使徒も攻めてこなくて刺激に飢えていたシンジとしては、退屈を埋めてくれる出来事なら大歓迎だった。
今日一日という一日が平凡で終ることのないという予感をシンジは嬉しく感じながら一限目に備えはじめる。
だが意外にもその時はなかなか訪れなかった。
一時限目、二時限目と授業が進みその休み時間など、
いくらでも機会はありそうなのにもかかわらずトウジは自分の席に張り付いたまま、
微動だにしようとはしなかった。遠くから伺ったその顔は重く、何やら考え込んでいるようだった。
休み時間が来る度にシンジは心の中で「・・・・トウジ、ごー!!!」と何度も彼を送り出してあげたというのに。
それは全て無効だったらしい。
キーン コーン カーン コーン
そして4時限目のチャイムまでとうとう鳴ってしまった。
この後は昼食の時間だ。
トウジがもっとも学校で楽しみにしている時間だろう。
そんな時間に彼が行動を起こすなんて考えにくい。
ひょっとして今日は何もないのだろうかとシンジの頭にそんな考えがよぎった瞬間だった。
ガタン
トウジが席を立ち上がる音が響く。
いつもなら次の瞬間には教室を出て、購買にパンを買いに行くトウジなのだが。
購買ではなくこっちに向かって歩いてくる。
「・・・・・・・・?」
トウジの意外な行動に疑問符を顔に貼り付けたままのシンジ。
自分に何かようがあるのだろうか?
だがトウジはシンジの横を素通りしていく。
「トウジ?」
振り返りトウジの行き先を目で追うシンジ。そう彼の目的はシンジの席に来ることではなかったのだ。
彼の目的は、シンジの後方の席・・・・そうアスカの席だった。
トウジはアスカの席の前まで来ると立ち止まる。
やはり今、何かしらの行動を起こすつもりらしい。
今まで貯めに貯めた「ごー」がここで生かされるようだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
ざわざわざわざわ
トウジの突飛な行動に無責任なクラスメイト達がざわめき始める。
「なんだ?なんだ?なんだ?」
「昨日の続きか?」
「いいぞやれ!」
「むしろ犯れ!」
本当に無責任だと思われるコールが飛び交う。
アスカは無視を決め込むつもりだったのだろう。
トウジが目の前に立っているという事に気付いていながらも、
視線を合わせようともせず、すました表情でシンジの作った弁当を席に用意し始めた。
カタカタと机の上に彼女の昼食が用意されていく。
「・・・・・・・・・・・・・・」
依然としてトウジは無言のままアスカの前に立ちつくしたままだ。
無視していれば消えてくれると思っていたのだろうが一向にこの場を離れようとしないトウジに、
アスカは徐々に怒りを募らせていった。
無言のままけして優しくない時間が過ぎていく。
時間が流れるつれて、空気が重たくなっていくような気がする。
圧迫されるような緊張感。
夏の暑さから出た汗とはまた違う汗を頬に感じながらシンジは固唾を呑む。
それまで騒ぎ立てていたクラスメイト達も今は声を抑え、静かに場面を傍観している。
「・・・・・・・何よ?」
先に根負けしたのはアスカの方だった。
「・・・・・・・・・・・」
このまま無駄に時間が流れていくのが彼女のこらえ性のない性格には我慢できなかったのだろう。
「何の用って聞いてんのよ?このウスラ馬鹿!!!」
アスカの剣幕にも全く怯まず、トウジは無言のまま、ジャージのズボンからおもむろにがま口の財布を取り出した。
「・・・・・・・・・?」
バチン!!
勢いよく指で弾くようにトウジががま口財布の口を開いた音が教室に響き渡る。
アスカが困惑の表情を浮かべる姿を見下ろしながら、トウジはアスカの席に小銭を数枚席に落とした。
チャリ チャリーン
そしてやがて最後のコインが音を立てながらゆっくりと机に倒れた。
アスカは無言でそのコインを見つめていた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
カタカタカタ・・・・・パタ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そして再び訪れる静寂。この行動の意味は?誰もが疑問に思う。
「・・・・何の真似よ?」
怒りを無理矢理押し込めたような低い声でアスカがトウジに尋ねる。
もう次の瞬間には火山が爆発しそうだ。
だがトウジは平然と、さも当然のように、こう答えるのだった。
「パン買ってこいや?」
続く
あとがき
ま、たまにはいいでしょう。
とりあえず前編ということで。
ではまた。お会いしましょう。 ジョニーより。