「謎は全て解けて飽和状態だ。犯人がわかったぜ。槍持のオッサン」

「何ぃ?本当か銀田一?」

「本当はじめちゃん?」

「誰なんだ犯人は?早く教えろ銀田一!!!!」


「・・・・・犯人はアンタだよ。槍持のオッサン」

「ええ?」

「なんだと?」

「大体アンタのツラが気に入らなかったんだよオッサン。どう見たって刑事より犯人顔だ。
 だから犯人はアンタで決まりだ」

「そんなはじめちゃん・・・・槍持さんが犯人だなんて・・・それも自分の部下を殺しただなんて!!」

「・・・・・・・・・」

「自分は何もできねえ無能なくせに、俺に犯人をあげさせて手柄は全部独り占め・・・・美味しいよなあ。
 大方そんな所を部下にツッコミをいれられ、逆上したんだろう。いわゆる「切れて殺しちゃいました」って奴だ」

「ほう。動機はわかった・・・ならば凶器は?犯行現場には何も残っていなかったんだぞ。
 それだけで俺を犯人扱いするのは些か短絡的ではないのか?銀田一?」

「あれは簡単なトリックさ」

「何?」

「これを使ったのさ」

「はじめちゃん・・・・それって・・・・ひょっとして・・・」

「ああ美雪・・・・・・凶器はこの・・・・・「豆腐」だ!!!」

「!!!!!!!!」

「このオッサンはあらかじめ豆腐を冷凍庫でカチンコチンに凍らして作ったこの凶器を用意しておいたのさ」

「・・・・・・・・・・・・・」

「部下との口論が次第にエスカレートしていき、頭に血が上ったオッサンは冷凍庫から取り出したこの豆腐で!!!」

「・・・・・・・・・・・・・」

「なんてこと・・・・槍持さん」

「反抗に及んだ際、オッサンはこう言ったんだろうよ。

「お前の様な奴は「豆腐」の角に頭をぶつけて死ね!」ってね。」

「・・・・・・・・・・・・」

「殺した後は豆腐を美味しくいただけば、証拠は何も残らない。これが事件の真相だ。
 ・・・・何か言うことはあるかい?槍持のオッサン」

「それはすごい銀田一!俺はこの豆腐を凍らせて作ったこの凶器で人を殺したんだな!」


「そうさ!」


「こんなふうに!」



ゴッ



「ぎゃっ」


「こんなふうに!」


ゴッ


「あぎゃっ!!」


「こんなふうに!」


ガン


「おべ!!」

「こんなふうに!」


ガッ


「ぎぺっ!!!」

「きゃああああ!!!はじめちゃん!!!!!!」



銀田一少年、事件捜査中不慮の事故で死亡・・・・・・・








                銀田一少年の事件簿・・・・・・・・完








「ご視聴ありがとうございました。銀田一少年の事件簿は今回を持ちまして終了となります。
 




 なお来週からこの時間は新番組「鑑定学園「厨」がはじまります。お楽しみに!!!」



それまでのナレーションとともに新番組の主題歌「名厨!? −命中− MAY ★(I)TEACH YOU?」
がテレビのスピーカーから流れ始める。
リビングルームでシンジはテレビから垂れ流される放送を、無表情に眺めていた。





「・・・・・・・・・・・・・」

「ねえシンジ、そんなアニメ見て楽しい?」


そんなシンジに食卓の方から声がかかる・・・アスカだ。
自分が座っていた椅子の背もたれに寄りかかるように身体の向きを変えシンジに問いかける。
だがそんなアスカの問いに、さもどうでもよさそうにシンジは答えた。



「別に」

「なら見るのやめたら?」

「アスカには関係ないだろ?」


「なんですってぇえ!?」













           新世紀エヴァンゲリオン SS 




        
ドキドキ アスカたん   エピソード G  




                  後編                作・ジョニー・MAX








アスカの顔すら見ようともせずシンジはアスカの言葉に淡々とした口調で応える。
プライドの高いアスカには、何よりもこうした人をバカにした態度が癪に触るのだ。
すぐさま席を立ち上がるとアスカは、リビングのカーペットに座り込んでいるシンジの元に詰め寄っていく。
そんな様子をミサトはビールを飲みながらぼんやりと眺めていた。



 (久しぶりに三人揃ったってのに、ギスギスしてるわねえ。ひょっとしてシンジ君性格悪いのかしら?)



非常に悪いです。


「この馬鹿シンジ、あたしはね、馬鹿にされるのが一番ムカつのよ!特にアンタみたいな低脳な馬鹿にだけはされたくないわ!

「じゃあアスカはその馬鹿に馬鹿にされるどうしようもない馬鹿・・・「ベストオブバカ」ってことだね」

「ぬわんですってええ?」


「ところでアスカ。少し太った?口も減らないし体脂肪も減らないし、参ったねこりゃ。あはは」


「こおんのおおおおおおおおおお!!!


アスカがシンジに手を挙げようとしたまさにそのときだった。



TURURURURURURU


「!!!!!!」


一瞬の緊張感を遮るように電話のベルが部屋に鳴り響く。
右手を振り上げた状態のままアスカは驚いて固まってしまう。
シンジは微動だにせず今もなお、テレビのブラウン管から視線を外そうともしない。
未だ電話は鳴り続けている。
二人の硬直状態に終止符を告げたのはミサトの一言だった。


「アスカ」


電話に出ろとミサトは短くアスカに伝えた。


「いやよ。どうせ加持さんからミサトあてのテルでしょ?ミサトが出なさいよ!」

「それはないわ」

「え?」

「あの馬鹿、飲酒運転で捕まってね。今、交通刑務所の中なのよ。電話なんてかけられる状態じゃないわ」

「・・・・・・・・・・・」


みなさん飲酒運転には気をつけましょう。


TURURURURURURURU


未だ電話は鳴り続けている。
だが意外にもこの沈黙を破ろうとした人物はシンジだった。
それまで見ていたブラウンから視線を外すと、その場から立ち上がり受話器の方へと向かう。
その様子を見たアスカはおちゃらけた態度でシンジをからかう。



「あ〜ら無敵のシンジ様にそのような雑務を。申し訳ないですわね」



そんなアスカの嫌味にシンジは彼女の方を振り返ると・・・・・。



「・・・・な・・・何よ?」



「くすっ」




・・・・・・嘲笑してみせた。





「むっかああ、何よ!なんで何も言わずに、そこであたしを笑うのよ!!!」





完全にシンジの手玉にされているアスカだった。


アスカの罵声を背中に浴びながらシンジはゆっくりと受話器に手を伸ばす。



ガチャ



「・・・・・・・・・・・・・・」


この作品のシンジは自分が電話をとるときは絶対に先に名乗らない。
敢えて無言で出ることによって、相手に、名前、用件を先に言わせていた。
仮に間違い電話で、「佐藤さんのお宅ですか?」と聞かれても「はい。そうですけど」と答えることもできるからだ。
たったそれだけの言葉で向こうを信用させることもできるのが、電話の楽しいところだとシンジは思っている。
だがこの電話はシンジの思うところの楽しい電話ではなさそうだった。



「はあ、はあ、はあ、はあ」



受話器の向こうから怪しげな息づかいが聞こえてくる。
しかも耳障りなことにシンジがよく知る人物のそれと重なる。


はあ、はあ、はあ、はあ、惣流はんのお宅でおますやろか?はあ、はあ、はあ

「・・・・・・・・・・・・・・」



シンジは答えない。
だがある種の憐れみにも似た感情が胸の中に溢れてくるのは何故だろう。
自分のよく知る人物が何処か遠いところに行ってしまった気がするのは何故だろう。
ほんの少しだけ時間を巻き戻せたらいいのになんて思ってしまうのは何故だろう。
僕たちは何を間違えてしまったのだろうか?
どうしてこんなところに来てしまったのだろう。


ただこれだけは言える・・・人がどんなに望もうとも時間は戻せない。
止まってもくれない。
無情に進んでいくんだ。
だから取り残されたくないのなら、必至でしがみついてでも追いかけなくてはいけない。
だから今は、過去の原因を考えて苦悩するよりも、この瞬間を見届けなきゃいけない。


「ひょっとして、はあ、はあ、はあ、アスカたんか?そうなんやな」



電話の相手はシンジに物語をまとめさせる時間すら与えてくれようとしない。

耳障りな関西弁が、シンジの思考をどろどろに溶かそうとする。



「はあ、はあ、はあ、はあ」

「・・・・・・・・・・・・」


依然として不快な荒い息づかいは収まろうとしない。むしろ間隔が狭まっているようにすら感じる。
この電話が誰からのものなのかが、わかりきっているだけにいい加減にして欲しいものだ。



「はあ、はあ、はあ、はあ」


「・・・・・・・・・・・」


「アスカたんは・・・」


「・・・・・・・・・・・」

今、どないな下着をはいとるんや?・・・・はあ、はあ、はあ

「・・・・・・・・・・」

「なあ、教えてや?教えたってやあ?はあ。はあ。



「・・・・・・ブリーフだよ」




なあ?ぶ・・・・ブリーフかいな!ホンマかいな!そいつは凄いで正味の話。アスカたんはブリーフ派。

 あの股間をすっぽり、しっぽりと優しく包み込む感触がたまらへんのやなあ。
 
 やっぱ下着はブリーフに限るでホンマ。でもって泳ぐときは競泳用のブーメランやな!


「そうだね。あの食い込みがいいよね」


「なワケあるかいな!アホォ!誰や?オノレは!!!!」


「何してるのさ馬鹿ジャージ?

「なあ?そ・・・・その声・・・・シンジか?・・・・シンジやな!!!


「何をしてるのかって聞いてるんだよジャージ。こっちの質問に答えてよ?」

「そ・・・・そんな・・・なんで惣流の家にシンジが転がり込んでるんや。ま、まさかヒモしてた言うんやないやろうな?」

「もしもし?聞こえてる?トウジ、おーい」

「そ・・・・そんなアホな。まさかワイは最初から出し抜かれていたんかいな」

「おーいってば」

「こんなんまるでピエロやんか」

「ま、その言葉に関しては否定はしないよ」

「ワイを応援するとかヌカしよって、裏ではシンジ、オノレは惣流と乳くりおうていたわけなんやな」

「ていうか僕とアスカが一緒に暮らしていることを完璧に忘れてるね。この単細胞生物は」



「・・・・裏切ったな?」



「は?」



「ワイの心を裏切ったな?」



「はい?」












あややと同じにワイの心を裏切ったんやあああああ!!!!!」










「誰だよ!ソイツはあああああああああああああああああ!?」







ついトウジに併せて激昂してしまう。
後にシンジがケンスケから教えられるのだが「あやや」とは10年ほど前に人気のあったアイドルの愛称らしい。





何やら電話の向こう側では自分に対するトウジの罵声が未だ続いているようだが、
受話器から耳を遠ざけているシンジにはそんなものはすでに遠吠えにしか聞こえない。
この電話を続けることは自分にとって時間の浪費だとシンジは判断した。
ならこの電話は切るなり、誰かに代わるなりした方が良い。
そう考えたシンジはアスカに振り返り、うすく笑って受話器を差し出す。



「ドイツから国際電話。ママから


「今、アンタが電話口で叫んでいた内容がどうやったら、


「ドイツ」「ママ」繋がるって言うのよ!!フザけんじゃないわよ!!


「キーワードはソーセージさ」


「ワケわかんないわよ。このイカレポンチ!!!」


「やれやれだよ?」


そんなシンジとアスカの会話が電話の向こう側のトウジには聞こえたのだろう。



「その声!!!アスカたんか?アスカたんなんやなあ!!!」



受話器からは、なおも興奮したトウジの声が聞こえてくる。
ぶらんぶらんと放置放りだされた受話器がコードから垂れてまるで振り子のように左右に揺れている。
その受話器を汚いモノを見るように、アスカ一瞥すると悪態をつく。



「チッ。なんなのよコイツは一体?」

「愛しのアスカたんにラブコールじゃない?」

「気持ち悪いっつーの」

「まだ何か言ってるみたいだけど、出てあげたら。トウジ喜ぶよ?」

「なんであたしがこんなキモ男を喜ばしてあげなけりゃいけないってのよ!」

「じゃ、どーするの?」

「こーすんのよ!!!」



ガチャン



アスカは乱雑に受話器をとると耳元に近付けようともせず、叩きつけるようにこの電話を終らせた。
そしてすぐ様、電話線のケーブルを引き抜く。
確かにこれでは電話がかかってくる筈がない。


「フフン。これでもう電話なんてかかって来ないでしょ!あはははははは。ざまあみなさいっての!」



アスカが高笑いし、自分の完全勝利に陶酔した瞬間、イレギュラーは起こった。



TURURURURURURU



「ひぃいいいいいいいい!!!!」



鳴らないはずの電話が鳴り出したのだ。
恐れおののいたアスカはその場に無様にも尻餅をついてしまう。



・・・・あ、パンツ見えてるよアスカ〈注〉・・・・シンジの心の声



そんなアスカに対してシンジは、冷静に事態を把握しようと努めた。
あまりにもタイミングが良すぎたので、アスカは冷静に状況が認知ができないにすぎない。
第一、電話線を引き抜かれた状態で電話がかかってくるわけがないのだ。
これは違う電話に違いない。恐らく携帯電話の呼び出し音に違いないだろう。
受話器の置いてある台の下のスペースを覗きこめばすぐに、自分の推理が間違っていないことがわかった。
そこには未だ呼び出し音を鳴らし続けているアスカの携帯がある。
電池残量は一目盛り。
これだけでも容易に推理できる。
携帯の電池の残量が少ないことを忘れていたアスカが長電話をしてしまい、
電池の切れる前に、残量など気にしなくて良い家の電話に切り替えた。
まあそんなことだろう。
そして健忘症のアスカお嬢様は、自分の携帯電話をこのスペースに置いておいたことを忘れてしまったというわけだ。
くだらない・・・・こんな簡単な事件よりはさっき見たアニメの豆腐殺人事件の方が難解でファンタスティックだった。
犯人の目星はついていたのだが、まさか、あそこで豆腐が出てくるとは思いもよらなかった。
普通では有り得ない常識を逸脱したトリックを見せてくれるからお気に入りのアニメだったのに。
終ってしまって残念だ。
それはさておき・・・トリックを見破る為に推理することは楽しい。
そのトリックが困難を極める程に推理する楽しさは増していく。
だがこれでは何の快楽も得られない。
シンジは落胆の溜息を一つ漏らすと何気なく未だ鳴り続けるアスカの携帯電話を手に取った。
そして携帯のモニターを何の感慨もなく覗く。









                     鈴原 トウジ♪









そこには俗物の名が、でかでかと表示されていた。
名前の後に付加された♪のマークが良い感じに神経を逆撫でしてくれる。
電話の相手を確認したシンジは、未だ尻餅をついたままパンツを見せてサービスしてくれているアスカの膝元へ、
まるで婚約指輪を婚約者の目の前で地面に捨てて見せた某アニメの貴婦人のように少し高い位置から、
携帯電話を人差し指と親指の二本の指で挟み、少し掲げてから落として見せた。


ボトン


最初アスカはシンジが自分に何をしたのかわからなかったのだろう。
しばらくしてようやく自分の膝に落とされたモノが何であるか認識する。
そして自分が今までどんなはしたない格好をしていたか悟り、慌てて膝を閉じる。
そこでシンジは自分を睨み上げるアスカを見下しながら告げた。



「トウジから電話。知らなかったよ。アスカ、トウジに携帯の番号なんか教えていたんだ?
 それもちゃんと登録してあるなんて驚いたよ」



「知らない!知らない!あたし知らないわよ!!教えてない!教えてない!
 なんでコイツがあたしの番号知ってるのよ?」



アスカは本当は臆病な少女なのかもしれない。
シンジはそう思った。
普段は威風堂々としていても、予想外のトラブルにめっきり弱い。
それはこの狼狽える様を見れば明らかだ。
過去に、自分(シンジ)のことを波風立たないように生きている人間は本当に波風にあったときに、
何にもできないんだからとご高説をくれていた彼女だが、波風に揺られる度に狼狽える人間よりマシだと思った。

そのくせ「自分は特別な存在」と思い込んでいる。

このお高いプライドが邪魔して他人に助けを求めるという行為ができない。
その行為は彼女にとって自分が負けたと認めることになるから。
自分が誰かに脅されている、虐げられているなんてことを口外することができない。
悪質なストーカーから見れば、これほど与しやすい相手はいないのではないだろうか?
相手からは被害届も出される心配もない、その上、確実に追いつめることができる。
(追いつめてどうする?)という声が聞こえる気もするが無視させて頂く。





(いける。いけるよトウジ!!!アスカは見た目ほど強くない!!!)





なんてことを一瞬でも考えたシンジだが、その思考は消去する。
自分にはトウジを後押しする義務もなければ義理もない。
トウジに有利な情報などくれてやる必要がまるでない。
むしろこの事を公にして、さっさとトウジを戦線から排除した方がいいのではと思う。
その後、悪質なストーカーからクラスメートの女子を助けたヒーローとして自分が讃えれれるのも悪くない。
だがストーカー犯罪は警察の介入が極めて困難だ。


物理的な証拠をいくつもあげ、被害者(アスカ)と加害者(トウジ)の承認がなければ犯人を逮捕できない。
そしてアスカには些か自意識過剰すぎる部分がある。
付け加えて虚言癖もみられる。
法廷ではおそらくトウジの弁護側はその辺を突いてくるだろう。
思春期における少女特有の自意識過剰にすぎないのでは?と。
異性のちょっとした悪ふざけで過敏に反応してしまっただけなのでは?と。


仮にアスカ側が裁判で勝訴したとしても・・・・だ。
何よりトウジはまだ中学生・・・しかも初犯・・・・たいした罪には問われないことは明白。
何年かすれば、否、執行猶予がついて保護観察程度ですぐ出てこられるかもしれない。







・・・・・・・それはダメだ。








コイツには陽の当たる世界は眩しすぎる。
薄暗く汚い地面の中を、這いずり回る虫けらのような生き方こそがふさわしい。
よって法的手段で奴を消すのは論外と判断した。
ならば、武力による敵の殲滅へと思考を即座に移行する。
まず、自分(シンジ)の手が全く汚れることなく、トウジだけが忽然と消えてくれる事態が好ましい。
さらにもう一つの汚物、相田ケンスケの除去も同時に行えれば、なお素晴らしい。
それならば汚物は汚物によって抹消されるべきではないだろうか?
つまり、ケンスケを煽って焚付けてトウジと殺し合いをさせ、共倒れしてくれるような状況を作り出す。
かつ自分の影や臭いを事件に残さない。







それこそがベストオブベスト!







だがそう易々とそんな好機は訪れはしないだろう。
そしてその為の周到な準備も必要だ。
だから今は傍観を続けるのが得策だとシンジは思う。


今はとりあえずこの狼狽えるアスカを正常な状態に戻すことが最優先事項だ。
鍵を握るのは間違いなくこの少女なのだから。
シンジの脳は冷静に自分の身体に命令する。
アスカの精神状態を普段の状態にまで戻せと。
表面上は穏やかに・・・だが迅速にシンジはその勅命に実行する。



イヤ、イヤ、イヤアア!何なのよ!コイツは?


「アスカ、落ち着いて。かかってるのは携帯。家の電話は回線が繋がってないんだから」

「え?アレ?え?」

「ね?ほら鳴ってるのは携帯でしょ?」

「あ。ホントだ。でも、あたし・・・携帯電話の番号なんてアイツに教えていないわよ?」

「それもよく聞いて。心を落ち着かせて」

「お・・・落ち着いてなんていられないわよ。怖いわよ。こんな・・・・こんな」

「それでも落ち着くんだ。冷静に。僕の質問に答えてくれるかい?」

「・・・な・・・何よ!!!」

「トウジの周りには誰がいる?トウジの友人には誰がいる?

 いつも一緒にいるのは誰だい?思い出すんだよ!さあ、アスカ!







「そんなのアンタら、変態三バカトリオに決まってるじゃないぃいいいいい!!!!」









ンだとぉ!?このクソアマァアアアア!!!!(シンジの心の声)








思わず怒鳴りつけて、はり倒したい衝動に駆られたが、強力な意志の力で水面下に押しとどめる。
だが精神的にかなり無理がかかったのだろう・・・自然に呼吸の間隔が早くなる。
気がつけばシンジまで息が上がり肩で呼吸していた。


「ハア、ハア、ハア」



苦しそうに呼吸を荒げ、血走った目で自分を凝視するシンジの姿が、アスカには恐怖の対象となったのだろう。


「い・・・・イイヤアアアアアア」


「違う、違うんだ、アスカ、僕だよ。シンジだよ。わかるかい?」


自分で認めるの?やっぱりアンタもアイツの仲間じゃない!!!三人であたしを襲うつもりなのね


「違うって、これはきっとケンスケの仕業だよ。アイツだったらアスカの携帯の番号を調べることなんて造作もないだろ?」


「あ・・・相田・・・が?」


「・・・よし落ち着いたみたいだね。そうさ、ケンスケがきっと暗躍してるんだよ。だからもう大丈夫。落ち着いて」

「う・・・ん」



未だ完全にはシンジへの疑惑は解消されてはないだろうが、とりあえず彼女に自分の声を聞いてもらえるようにはなった。
シンジは慎重に言葉を選びながらアスカを説得する。



「じゃ・・・まずそのかかってきた電話を切るんだ。

 その後でトウジの電話番号と名前を携帯のメモリーから消去するんだ。できるね?」


「うん。」


優しく幼子に悟りかけるようにシンジはアスカに指示を出す。


ピッッ


やがてアスカの携帯から、トウジの名と番号が消去された小気味よい音が聞こえた。

アイツの存在もこんな風に簡単に消せたらいいのにとシンジは心底思う。





「消した・・・わよ?」

「次は着信復歴からトウジの番号を出してそれを着信拒否設定にするんだ。
 そして念のため、公衆電話と非通知設定からの電話とトウジの自宅からの電話も着信拒否設定にしよう」

「・・・・・・・・・」


アスカは無言で従順にシンジに指示されたことをこなしていく。
時折上目遣いで「これでいい?」なんて不安を帯びた視線を送ってくるのが正直萌える
だが今はそんなことを考えてる場合ではない。
まずアスカに自分を信用してもらわなければ。


「全部・・・・終ったわよ」

「よくできたね。とりあえずはこれで大丈夫だよ。後は知らない番号からの電話は絶対に出ないこと。
 単純そうに見えるけど、結構効果的なんだよ」

「・・・・・・・・あ・・・うん」


なんだか急にしおらしくなったアスカが素直に可愛らしいと思ってしまうのはいけないことなのだろうか?

むしろシンジは悪質なストーカーから彼女を守ってあげているような錯覚すら覚え始めていた。


「・・・本当にこれで大丈夫?」


「うん。もう大丈夫だよ。頑張ったねアスカ!」


彼女を安心させようとシンジが満面の笑みを浮かべてアスカの労をねぎらう。








・・・・だがその直後にその出来事は起こった。








TURURURURURURURURURURU





「ヒイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!」


再びアスカの絶叫が轟く。
鳴らないはずのアスカの携帯電話が再び鳴り始めたのだ。
しかも心なしかさっきより着信音が大きい。


いや、気のせいでは無く、確実に先程よりもトーンがアップしている!!!







どういう事だ?





これはどういう事だ?






怪奇現象とでも言うのだろうか?








イッツア、ミストゥエリー!!!!(半ば錯乱しているシンジ)







アスカは再び訪れた不測の事態に、シンジ以上に激しく動揺していた。



「なんで・・・・なんで電話がかかってくるのよおおお!!シ、シンジ、アンタ大丈夫って言ったじゃない!!嘘つき!!



「ち・・・違うよ!!」



ヒステリックな彼女の声が再び部屋に木霊する。
そこでシンジはふと先程から、一部始終を見ている筈なのに何のリアクションも無いミサトの様子が何故か気になった。
それはほんの気紛れにも似た感情だった。
そしてすぐその感情を自分が持ってしまったことを後悔することになる。
横目でちらりと彼女の様子を伺ってしまったのだ。

そこでシンジが見たものは、自分達が狼狽える姿をケタケタと笑うミサトの姿だった。

しかも表情を全く変えず、瞬きもせず、口元だけまるで腹話術の人形のようにパクパク開閉させるだけで笑っている。

シンジの視線に気付くと今度はバネ仕掛けの人形のように左右に頭を振り出した。



「ケタケタケタケタケタケタ」


こ・・怖ぇええええええええ?何が起こってるんだあああああああ!!


「キャアアアアアア!!イヤアアアアアア!ミサトオオオ!!」


「アスカ、見ちゃダメだ!落ち着いて!大丈夫だから!!!!」


「こ・・・この状況下で何が大丈夫って言えるのよおおおおおおおおお!!!!」


「と・・・とりあえず電話だよアスカ!落ちつくんだ!きっと偶然だよ!」


「え?だって電話がかかってくるのよ?怖いわよおおおおお?」


「偶然だって言ってるだろ!大丈夫だから!落ち着いて!勇気を出して電話の相手を確認するんだ!


「で・・でも!!!」

「大丈夫!知らない番号だったら出ないだけでいい。知ってる番号だったらもっと安心できるんだから!大丈夫!」



受話器から怯えるように顔を背けているアスカにシンジは努めて明るく元気づけようとする。
シンジの声を聞いてアスカは少しだけ落ち着きを取り戻し、勇気を出して携帯画面を覗き込む。
シンジも少しでもアスカの負担を軽くさせるために、彼女を安心させる為に一緒に覗き込んだ。



そして二人は画面に表示された相手の名前を確認する。




そこには










             碇 シンジ













・・・・そう表示されていた。









「なんで俺から電話がかかってくるんだよおおおおおおおおおおおお!!!!!」




「そんなのあたしが聞きたいわよおお!!!何なのよこれえええええええ???」




もはや二人は発狂寸前の事態にまで追い込まれていた。
これでは電話が誰からかかってきても安心できるわけがない。
仮にアスカの親友、洞木 ヒカリからの電話であっても、もはや信じることはできないだろう。
二人の絶叫がその恐怖の度合いを雄弁に物語ってる。
携帯電話という、日常にありふれたアイテムでここまで恐怖を演出する。





奴は・・・・・鈴原 トウジは何者だ!?!





「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!」


「イヤアアアアアアアア!!!!!!!」



 


シンジとアスカの二人がその夜、眠れない夜を迎えたのは記述するまでもないだろう。











次の日、シンジとアスカは、睡眠不足で痛む頭を抱えながらの登校となった。
まっすぐ歩いているつもりが、気がつけばふらふらと道の端に寄ってしまう。
意識してなければすぐさま、瞼が下りてくる。
気を抜けばすぐ出てしまうあくび。
日常生活を送るのに、かなりの支障をもたらすことになった昨夜の出来事。
思い出しただけで怖気が走る。
シンジは正直、学校なんざ休んで家で爆睡でもかましたいところだった。
だがアスカお嬢様が、強制的にお供を命じてきたので、そういうわけにもいかなかった。
ボディーガードに抜擢されたわけだ。





「シンジごめん。やっぱりちょっと怖いから一緒に登校してくれる?アスカのお・ね・が・い☆





なんて上目遣いと潤んだ瞳でアスカに頼まれたら、シンジも快く引き受けるところだが・・・・。


彼女の高飛車な性格を考慮すればそんなことはあるわけがない。






・・・・・現実はこうだ。






今朝、ベッドで横たわるシンジを叩き起して彼女は一言。



「ちょっとシンジ。今日は特別にあたしの斜め後ろを歩いて学校に登校することを許可するわ



「誰ぞが何時何時、何故に許しを請うた?」




おかげで朝の寝起きの気分は最悪だった。
ようやく心地良い微睡みに溶け込んでいけそうだったのに。
あまりの言い草に、シンジは変な言葉遣いで答えてしまった。




そして今、こうしてアスカの機嫌を損なわないように、斜め後ろを歩いてシンジは学校に登校しているわけだ。
だが後ろを歩かせるのは、顔を見られたくないというアスカの意思表示かもしれないとシンジは思った。
シンジと同様、全く眠れなかったのだろう、彼女の目の下にははっきりとわかるクマができていた。
時折覗かせる横顔も、顔色も良くないし、あからさまに無理をしているのが見て取れる。


「・・・・・・・・・」

「何見てんのよ馬鹿シンジ?視線がいやらしいわよ?」





それでなお、この気勢・・・・たいしたものだ。





「いや・・・・アスカも辛そうだなって思って。眠れなかったんじゃない昨日?」

「ハン?あたしがあんなストーカーに怯えて昨日は眠れなかったとでもいいたいの?
 笑わせんじゃないわよ。ばっちり熟睡したわよ」


手櫛で自慢の長い髪を梳きながら、目を閉じてふふんと鼻で笑ってみせるアスカ。
そんな強がるアスカにシンジが言葉を続ける。


「スカしてんのは個人の自由だけど、ちゃんと足下見てないと危ないよ?」

「・・・・ハン。何よ?このあたしが道端の小石にでもつまづくとでも思って?そんなことは有り得ないわ!


「小石じゃなくて・・・・・バナナの皮


「きゃあ!!!!」



バタン!!!!



素っ頓狂な声をあげアスカは道端で豪快に転んだ。
アスファルトには、その原因となったバナナの皮が落ちていた。


いっったーい!なんでこんな所にバナナの皮が落ちてるのよ!!!有り得ないわ。どーなってんのよ?


「いやー14年生きてきたけど、バナナの皮で本当に人が滑って転んだところなんて初めて見たよ

 これは貴重な瞬間だね。とりあえず携帯のカメラで激写!激写!激写!




パシャ パシャ パシャ!!!!




「うるさい馬鹿シンジ!!!そこ!撮るんじゃないわよ!!!ぶっ飛ばすわよ!!!!」


道端で繰り広げられる喧噪。
こころなしかギャラリーも集まってきた。
ただでさえ人目をつきやすいアスカなのに、道端で派手にすっころんでギャーギャー騒げば当然の結果だろう。
シンジは有象無象の集まりどもを家畜を見るように眺めると、座っているアスカに屈んで話しかけた。


「・・・・・人が集まってきたし、ウザイから先に行くよアスカ?」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよシンジ。せめて手を貸して起こしてから行きなさいよ!!!」


「・・・・・ふぅ。はいはい、わかったよ」


溜息を一つ吐き出すとしぶしぶながらシンジはアスカに手を差しのばす。
その手をアスカがしっかりと握りしめた時だった。
シンジの背中に声がかけられたのは。



「おはよう、碇君」


「あ、綾波おはよう」


「ぎゃん!!!」


爽やかなおはようの挨拶が飛び交う中、なぜアスカだけが奇声を発しているのか?
それは後ろから挨拶をしてきた綾波 レイに応えるために、後ろを振り向いたシンジがアスカの手を離したからだった。
前のめりになったアスカはアスファルトに顔面をしたたかに打ち付けていた。
すぐさま地面に手をつけて起きあがるアスカの視界に入ってきたのは、
自分と同じエヴァのパイロットである綾波 レイの姿が。

そして彼女の右手に握られているのは・・・・バナナ



それを無表情でモグモグ食べながらシンジに話かけている。



「碇君。顔色が悪いみたい。・・・・もぐもぐ・・・・大丈夫?」

「あは。平気、平気。じゃ、学校行こうよ綾波。遅刻しちゃ嫌だしね」

「そうね。いきましょ。もぐもぐ」


そしてまるで何事もなかったように、二人はアスカを置いてその場を立ち去ろうとする。



「何で誰もバナナにツッコまないのよおおおおおおおおおおおお!!!

 おかしいわよおおおおお!!!!」




アスカの金切り声が一層響き渡った。
だがそんなアスカに返ってきた二人からの返事は。



「朝ご飯」(綾波)

「バナナは消化吸収もいいしね」(シンジ)


の二つの言葉だけだった。
言葉を無くしたアスカは、その日二人の後ろを無言で歩いて学校に登校した。





ガラッ



教室に入るとしばらく姿を見せなかった人物がいた。
片手をあげて、馴れ馴れしく話しかけてくる。


「よお、シンジ、両手に花で登校か?うやましいねえ?」


トウジと双璧をなす我がクラスの汚物、相田 ケンスケだった。



「ああ?」


睡眠不足で気分が悪いところに、この嫌味ときたもんだ。
シンジは嫌悪感剥き出しの顔でケンスケを睨み付ける。


「おいおい、冗談だってそんな怖い顔すんなって。へへへ」


この飄々とした態度も一々癪に障る。
何がおかしい?おかしいのは貴様等の頭の中で充分に事足りるだろう。
血圧が上がってきそうなのでとりあえず、シカトして席に着こうとシンジは思った。



「ちょっと待てよ。シンジぃ〜


ガシッ


だがケンスケの横を通り過ぎる瞬間、シンジは二の腕を捕まれる。


「・・・・・何してくれてるのさケンスケ?」


些か日本語としてはおかしい表現を使っている辺りでシンジがどれほど頭に血が上ってるかがわかる。


「二の腕の柔らかさは・・・・胸の柔らかさとおんなじってねえ。へっへっへ。」


だがそんなシンジの威圧的な態度にも、さほど悪怯れた様子もなくへらへら笑いながらケンスケは続ける。
ケンスケの汗ばんだ手が、わきわきとシンジの腕を揉み始める。
そしてゆっくりと這い上がってくる。
おぞましい感触に、シンジは一層表情を険しくすると乱暴に腕を引き剥がす。


バシッ




「やめてよ!!」




ざわっ!!!!




シンジの大声で何事かとクラスの視線を集めてしまったようだ。
皆に注目され、なおもシンジにの苛立ちは募っていく。
舌打ちし、クラスメイトを睨み付けるシンジ。



「・・・・チィッ」

「へっへっへ。みんな見てるぜぇシンジぃ。少しは落ち着こうぜえ?」

「・・・・・こいつ」


(何だ?何だこいつは?)


もともといけ好かない奴だったが、今日のケンスケは輪をかけて露骨だった。
わざとシンジを挑発しているようにしか見えない。



(何を考えてやがる?)


「まあ、そう警戒すんなってシンジぃ。俺たち「トモダチ」だろお?へっへへへ」


「今の発音・・・・カタカナで読んだね?一体何を企んでるのさ」


「おおっとストップ、シンジ。その話はトウジが来てから・・・お、良いところに」



「おっっはよーさあああああん!!!!」



シンジとケンスケの騒動で静まりかえっていた教室の静寂を突き破るトウジの豪快な朝の挨拶。
止まっていた時間が動き出したように、教室に再び音が戻ってきた。
思い出したようにクラスメイト達が先程までしていた自分達の会話を再開し始める。


「おお、ケンスケやんか!!久しぶりやなあ、どないしとったんや?心配したんやでホンマ」


軽口を叩きながらトウジがこっちへと近づいてくる。
一歩一歩確実にこちらにへと。




ぺたぺたぺた




だらしなく、踵を踏みつぶした上履きの不快な音が徐々に近付いてくる。
昨日シンジとアスカを、恐怖のどん底まで陥れた諸悪の根元が。
確実に近寄ってくる。
姿が見えないが故の恐怖を感じた昨日とは違う、確実に奴はこの場に存在している。
奴の姿を目視しただけで、沸き上がる殺意という衝動。
それは自分の後方の席に座するアスカも同様に違いない。
背中越しにピリピリと殺気が届く。


「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」と悪意の波動、明確な殺意を感じる。


自分達の殺意の対象であるトウジの表情からは罪の意識は感じ取れない。
当然だろう奴には罪の意識など微塵も感じていないのだから。
一晩寝ればすっかり昨日のことなど忘れているに違いない。
だがこっちはそうはいかない・・・・いかせてなるものか。
罪の意識が無いのなら・・・・植え付けさせてやればいい。




だってまだ眠っていない・・・・僕たちは眠ってはいない。





まだ終ってはいないのだ・・・・あの夜の悪夢は未だ続いている。
何の不安もなくゆっくりと眠れる日が来るまでこの悪夢は醒めてはくれない。
この男がこの世に存在している限り、穏やかな眠りなど訪れるものか。

















               罪無き人々の安らぎに満ちた平穏を取り戻すために、傷付けられた心の傷を癒すために。
















          自らの過ちを償い、「罪人 鈴原 トウジ」が清浄なる魂を宿し来世にて生まれ変われる機会を与えよう。



















      よってここにて死刑を執行する!!!

















今思えば、極度の疲弊と精神の衰弱の為にシンジには冷静な判断がとれなかったのかもしれない。
トウジ=抹殺の等号式を自らの手で証明するなど愚の骨頂にもほどがある。
体力的な面でみても平均よりやや劣るシンジが、そんな大仕事を一人で完遂できるわけがないのだ。
このままシンジがトウジに飛びかかっていっても、昨夜は充分睡眠をとり気力・体力・精力全てが充実している彼にかなうはずもない。
このままではシンジの返り討ちは火を見るよりも明らかだった。
だがそんなシンジを止めたのはあまりにも意外な人物だった。



ガシッ



再び腕を掴まれその場に押し止まらせられたシンジ。
この距離で自分を止められる人間などを一人を置いて他にいない。
そう・・・シンジをとめたのはあまりに意外な人物・・・・ケンスケだった。




「・・・・ケンスケ?」


「・・・・何があったかは知らないけど、今はやめとけよシンジ」



先程までのいやらしい笑みを浮かべていた筈のケンスケが、シンジをたしなめたのだ。
そこにはもう先程までの雰囲気はまるでない。
わからない・・・・この相田 ケンスケという男が。
シンジは言い表せぬ不安に身を固く強張らせる。
そのシンジの怯んだ表情を横目で見ると、中指で眼鏡を軽く持ち上げながらケンスケはぼそりと呟いた。
恐るべき言葉を。



「・・・・・俺に任せろよ?」

「な・・・?」



何を言ってる?
ケンスケの言葉はそれほど衝撃的だった。
何を任せろとケンスケは言ってるのだろう。
シンジは驚きが隠せない。
今、シンジがトウジにしようとしたことを理解した上で、ケンスケはその言葉を発したのだろうか?
シンジはトウジを殺そうとしていたのだ。
死刑を執行するつもりだった。
それを「任せろ」?まさかケンスケもまたトウジに殺意を抱く人物だったとでも言うのだろうか?
だがそれはシンジにとってもっとも望ましい場面だった筈だ。
汚物同士が殺し合う場面。
それを労せずに見ることが出来るというのだろうか?
それが本当だとしたら、まさに願ったり叶ったりの筈なのに。
この例えようのない漠然とした不安はなんなのだろう。
そんなシンジの内面の動揺なぞ意にも介していないトウジがケンスケへ話しかけた。


「待っとったでケンスケ。お前が現われるのを」

「よく言うよ。トウジ。待っていたのは俺じゃなくてコレだろ?


そう言うとケンスケは自分の席に大柄のナップサックをドンとわざと音が聞こえように置く。
ケンスケのトウジに対する態度はまるでいつもと代わりがない。
平然とした普段通りの態度だ。友人に接するごく自然の。
それがなぜかシンジにはケンスケの無言のメッセージのように感じるのだった。




黙って見てろよシンジ。俺が手本を見せてやる。そんなに殺気だってちゃ殺れるもんも殺れないぜ?



そうケンスケは黙して語っているようだ。
今、冷静になってはじめてわかる。
先程までの自分はどうかしていた。
あんな感情を露わにして襲いかかったところで成功はしないだろう。
最悪、返り討ちにあっていたかもしれない・・・・そうしたら自分はもう日常には戻れない。
皮肉にも殺したい敵に助けられたのだ。
ならば今、そんな情けない自分ができることに徹するべきだと思考を切り替える。
それはケンスケの一挙一動をけして見逃さず、自分のスキルに吸収することだ。




「おおお!!!なんやこれは、この鞄の中にワイの男をあげる必殺のアイテムがつまっとるんやな」

「ああ、できれば『必殺』したいねえ。くくく」


なんてジョークも混ぜながらケンスケが眼鏡越しに冷やかな視線を送ってトウジを見ている。
間違いない、コイツも殺る気だ。
それならより近い場所で見届けよう。
自分も輪に入るべきだ。
シンジは後ろから覗き込むように、ケンスケに話しかける。


「え、なに?何を持ってきたのケンスケ?」


シンジの意図に気付いたのだろう。
ケンスケはふっと笑みをもらすと仰々しい仕草で鞄の中身を、説明しだした。






「こと恋愛に関して人間は常に貪欲に理想を追求してきたと言っても過言ではない」

「ほうほう」

「へー」

「誰もが願う、あんな素敵な恋がしたい。素敵な異性と巡り会いたい。恋を育みたい」

「ふむふむ」

「そーなんだ」

「だが、より素晴らしいモノへ、より刺激的なモノへとその探求心は尽きることを知らない。
 これからもいろいろな恋が生まれ、様々なカタチに変化していくだろう」


「おうおう」

「だから何が言いたいのさ?」

「たしかに恋愛の可能性は無限と言って良いほどに、数多くある。
 だが自分だけの恋愛経験ではそれらを体験することはまず不可能だろう。
 自らの年齢、容姿、性格、地位、金、そして警察という様々な障害によってその範囲はどうしても狭められるからだ!」


「どないせっちゅーねん!!!」

警察が障害と感じる時点で君は異常だよ」

「だが我々は今、この世界を誇っていい。この2015年という高度な文明の世界を!」

「ありがたや、ありがたや」

「文明?」

「我々は偉人達が残した過去の作品に触れることによって、擬似的ながらも素晴らしい恋愛を体験することが出来るのだ!」

「体験、マンセー!!!!」

「過去の作品?ひょっとして恋愛映画とかそんな奴かな、「セカチュー」とか。ケンスケにしたらまともかも」

「その答えがここにある!刮目せよ!!」

「ご開帳!!!」

「こ・・・・これはああああ!!」




ケンスケのナップサックの中身。
綺麗な長方形のカタチをしたたくさんの箱だった。
その箱には可愛らしい女の子が絵柄がプリントされている。

「成人指定」と記された銀色のシールがどの箱にも必ず貼り付けられていた。



「そうだよ。これこそがトウジに足りなかった経験を埋めてくれるモノなのさ。」


「おおおおおおおおおおお」

「ゲーム?・・・・恋愛の?・・・・そうか!恋愛シミュレーションゲームだね!!!」


「ちっがあああああう。18禁をつけろシンジ。18禁美少女ゲーム、通称「エロゲー」だ。
 これこそ人の造り出した最高の傑作。神をも恐れぬ人類の英知の結晶と言えるだろう。
 これをプレーすることによって誰でもお手軽に最高の恋愛を体験することが出来る。
 あるときは学校の「同級生」「後輩」「先生」、またあるときは「お兄ちゃん」「お医者さん」に、「犯罪者」にだってなれる!



「おおおおおおおおおおお」


「このオタクヤローが」


「さあ、トウジ選ぶがいい。どれでも好きなゲームを持っていくがいい。

 そして自力でそのゲームのCG・イベントをフルコンプしたとき、お前は「漢」になれる!!!

 間違ってもネットでセーブデータなんて拾ってくるなよおおお!!!!


 未読メッセージスキップも使うなよぉおおおおおおお!!!!


 声優さんの有難い声も全部聞くんだぞおおおおおお!!!!   




「っっっしゃあああああああ!!!!」




一人で熱く盛り上がってるトウジを放っておいてシンジはケンスケに小声で話しかける。



「ケンスケ中学生なのにこんなモンどうやって購入したのさ?ていうかコレ10年以上前のゲームソフトだよね?」

「パパのお古さ。誕生日を迎える度にパパが俺にくれるんだよ」

「おいおいオヤジまでオタクかよ?オタクのサラブレットかチミは?

「ちゃんと「学園モノ」にジャンルは絞ってきたつもりさ」

「いや、そういう問題じゃなくてね」


ちらりとそのゲームの山を覗き込むシンジ。
なるほど確かにどれも可愛らしい制服を着た女の子がパッケージを所狭しと飾っている。
だがそれに混ざって少数だが、タイトルに「妹」というロゴが入ったゲームがあることをシンジは見逃さなかった。



「ケンスケに二つ聞きたいことがあるんだけどいいかな」

「いいぜ。何でもきいてくれよ。シンジ」

「一つ、本当にこんなんでトウジが恋愛をマスターしてアスカとラブラブな展開になると思ってるのかい?」


「思ってるわけねーだろ?」


ケンスケの即答。
ならどーして?そんな顔をシンジはしたのだろう。ケンスケは自分からその答えを話してくれた。


「・・・・・最初は俺も頑張ったよ。トウジの為に色々なホームページを閲覧したり、本を読んだり」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」

「で疲れたから小休止のつもりで、パンツ一丁になってパソコンでエロゲーをやっていたときにふと思ったんだ」

「いや別にパンツ姿とかの説明はいらないから」

「もしもだよ」

「もしも?」

「ああ・・・もしもこのまま俺の頑張りが実ってトウジが惣流とうまくいくとするだろう?」

「ふむ」

「ちょっと、想像してみ?アイツがもし惣流となんか付き合ったりしたらまず何をすると思う」

「うーんと、まず自慢するんじゃないかな」

「そうだ。自慢するに違いない。それもそれも毎日毎日。聞かされる立場を想像してみろよ?」

「それは嫌だね」

「もしチューなんかしてみろよ!それこそ「ケンスケ知っとるか?チューはな、柔らかいんやで。

 ムニュッっとしていて、
それでいてぷっくりしてて気持ちエエんやでえ!うひゃひゃひゃひゃ」

 なんてほざくに決まってる!!!そうに違いない!


「あ、それ僕も想像できたよ。確かに凄く嫌だね」


「シンジは転校して間もないから知らないだろうけど、アイツは去年の進路相談で将来何になりたいか聞かれたんだ。
 なんて答えたと思う?」


「・・・え?働いてお金持ちになって家族に楽をさせたいとか言ったんじゃないの?」

「アイツ・・・・「風になりたい」って言ったんだよ?」

「風になりたい?それってひょっとしてバイクのプロレーサーになりたいとか格好良い夢語ってるんじゃないだろうね?」

「違うよ。風は風だよ。それも時々ふく突風のことさ。」

「突風?それで」

「突風になって女子高生のスカートを一瞬まくりあげてこう言われたいって言ったのさ」


ケンスケの言いたいことが閃いたシンジはお互い、相手を指さしながらその言葉を同時にハモった。












                   『もう、エッチな風ね!!!』






・・・・・それは言われてみたいかもしれない。シンジはちょっぴり思った。



「・・・・・・・・・・」

「そんな奴に女なんてできるわけねえだろ?できてたまるかよ!!!!

「二つ目の質問いいかな?」

「いいぜシンジ?」

「箱の中にいくつか『学園モノ』のゲームに混ざって『妹モノ』のゲームが混ざってたよね。その真意は?」

「くくくくく。あははははは。やはり気付いたかシンジぃ?」

「・・・・・・・?」

「あれは警告だよ」

警告?

「エロゲーの世界と現実を混同させたトウジは、惣流のせいで身も心もボロボロになるだろう。
 おそらく婦女暴行まがいのことはやって、指名手配にはなると俺は見ている。
 そんな傷心なトウジが最後に頼るのはやはり妹しかいないだろ?

 そんな傷心なトウジの目の前で妹を俺が頂く。うへへへへへへへ。

 ダメだよ?妹は大事にしなきゃ!っていう警告だよこれは。いひひひひひ。

 そんな顔すんなよ。シンジ、ちゃあんとデジカメで撮って後で見せてやるから。いひひひひひひ。」


「・・・・・・・・・・・」












オーケー。

相田 ケンスケ・・・・貴様はやはりジェノサイド決定だ

ネルフのスーパーコンピューターMAGIに判決を委ねる必要もない。

この場で俺が死刑を言い渡す。

こいつはトウジ以上にクズだ。

類は友を呼ぶなんてレベルを逸脱してやがる。

こいつが成人を迎えるまでに、一体何人の無垢な少女が辱められるか想像も出来ない。

















                    鈴原 トウジ、 相田 ケンスケの二名を完全抹殺する計画を今から発案する。






                     以後、このプロジェクトを 「プロジェクト G」と命名。





 
                              GとはGenocideの頭文字をとってGである。






                       そしてこのプロジェクトが完遂されるまでに、






            かかった日数、出来事などの詳細を記載した文面を「エピソードG」と名付ける。






                鈴原トウジ 相田ケンスケ 抹殺計画 「プロジェクト G」始動する。
 















それからしばらくして、大量のエロゲーの入ったナップサックを背負ってトウジは教室から出て行った。
もう彼は教室を振り返らない。
当然であろう・・・・この学舎では彼が学ぶことなど皆無なのだ。
彼が学ぶモノは彼の実家にあるデスクトップのパソコンの中に、
これからインストールされるであろうゲームプログラムの中にあるのだから。






次の日からトウジは一週間学校を休んだ。






今、思えばこの出来事が僕たちのこれからを大きく変えるあの事件を、

引き起こすきっかけになるなんて思いもしなかった。

穏やかな日常を維持することがどんなに尊くて、幸せだったかなんて考えたこともなかった。

取り返しのつかない過ち、償いきれない罪があるなんて知らなかったんだ。

だからまた言っちゃダメだとわかりきってるあの言葉を繰り返してしまうんだ。





「あの頃に戻りたい」












                
               後編  了    



                            完結編に続く














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あとがき


申し訳ありません。後編で終るつもりだったのに、必要以上に話が長くなってしまいました。
ターキー様、皆様、ご迷惑をおかけします。
でも楽しみにしていただけると嬉しいです。
ほんの些細な冗談みたいなつもりで書き始めた作品がここまで長くなるとは。
自分の文章をまとめる能力の低さを実感しています。
ギャグSSを一話更新するたび、何か大事なものを失っていくような気がするのは錯覚でしょうかね?
そんなことを言ってもどうしようもありませんけど。
せめて作品を完成させたいモノです。完結編で完全に終ることができるよう、気長に頑張ってみます。
それではまたお会いできると嬉しいです。