NOIR



















ノワール

其は 古よりの運命(さだめ)の名

死を司る二人の処女(おとめ)

 黒き御手は嬰児の 安らかなるを護り給ふ

























月下の葬列







何も変わらない「日常」と言う時間。

時の流れは過去から現在を通過し未来に流れる。

太陽の光が昇り、人々を照らし、街を照らし、夜の気配に脅えて消えていく。

無限に廻る時計仕掛けの世界。



風の詠い声に乗り、木々の葉が踊る。

気紛れな風の赴くまま、時に輪となり、時に孤独に。

林の間を風が駆け抜ければ、道標のように音を残す。

流れ千切れる儚く淡い旋律・・・

乙女の歌声に聞こえる風の音に、草花と木の葉は同調し、踊る。

混黒とした空に穿たれた光の穴−月−の目を楽しませるかのように。

静かな夜に開幕された小さな舞踏会。



月しか知らぬはずであった小さな舞踏会は突然破られた。

闇の海に漂う木の葉の踊り子達を襲う光の剣。

星の灯火よりも強烈に輝く発光は剣となりて静寂の闇を、舞う踊り子を、突き刺して切り裂く。

軍靴に踏み荒らされる異端児達の如く、小さな抵抗さえできずに、踊り子は散る。

続く、人間の足音が林で開催されていた舞踏会の全てを踏み潰した。

光に犯され、向きを変えた風によって千切れ飛ばされていく落ち葉の儚き悲鳴さえ、靴跡に掻き消された。



人の侵すべからざる闇の一角を切り裂く強烈なサーチライトの刃。

舞踏会から一転した舞台上に浮かび上がるは、人間の黒い影。

大と小からなるシルエット。その中の一つの黒影は他の影より余りにも小さい。

それが為、先を駆ける小さき影に続くシルエットの大きさが一層際立つ。

追う者と、追われる者。

冷めた月と、無慈悲なサーチライトが照らす舞台上で覗える、ただ一つの役回り。



人知れず咲いていた名も無い華が踏み折られ、潰される。

無残にも舞い散らされた花弁が、踏み潰した靴によって蹴り上げられた。



今しがた踏み荒らした華に僅かな感情も向けず、影は振り返る。

駆ける足を止めず、肩越しに背後を顧みるシルエットを、横に薙ぎるライトの輝きが照らす。

闇の衣を脱がされたシルエットから見えた黒い髪が揺れている。



小さな影からでは分からなかった体型は、繊細なほど華奢であり、

幼さの残る綺麗な顔立ちと短く切り揃えられた髪は利発な少年と思わせたが、

風に靡く制服のスカートと、余りに華奢過ぎる身体に、少女のソレだと気付く。



横を過ぎるライトの光に輝く、薄茶に溶ける少女の瞳。

闇の領域を侵す眼も眩むような光を視界の端に過ぎ去るのを見取りながら、背後を追う人影に視線を向けている。

光が去り、闇が残る。

刹那の時の狭間に見えた少女の瞳は、美しい宝石の如き無機質であった。

追われる立場を理解していない、と、言うより、現実を受け入れながら冷めた感じがする。

今まで走り続けだったのだろう。

だが、多少乱れる呼吸が、冷たい宝石の瞳に奇妙な違和感を与えている。

その違和感だけが、少女は機械仕掛けの自動人形に非ず人間である証拠なのか。



闇を振り払う白銀の剣が齎した刹那の世界に見えた背後の影は五つ。

ダークグレーの背広を着る屈強な男達の集団。

手に手に持った黒光りする塊は、人を殺す為だけに作られた凶器。

鈍く光沢持つ拳銃が月明かりの元では嫌に黒く感じられる。

存在理由から来る美しさの無さ故にか。



男達の姿と、手にする凶器の存在を確認しても、少女はあくまで冷淡であった。

雪解け水からなる清水の冷たささえ覗わせる表情に見える凛とした空気は、何処か水晶の鈴を思わせる。

冷め切った視線を前に戻し、樹木の柱が乱雑に聳え立つ暗い迷宮を駆け抜けていく。



ふいに、人の足音と呼吸音だけだった舞台の空気を切り裂く甲高い破裂音。

男達が手に持つ黒い銃器、その銃口から飛び出した鉛の弾が静寂に穴を穿ち付け前方の影に飛び掛る。

闇夜の舞台で凶悪な弾丸は尚小さく、風を切り付ける。

一つ・・・一つ・・・また一つ。

解き放たれた銃弾は少女の影を掠め、木に土に、小さな爪痕を刻む。



指先程の大きさの尖兵が左に逸れて行く。

背中から飛来する銃弾の槍、微かな恐れさえも見せず、前を向いたまま少女は走る。

彼女には解っているのだ。

月光を遮る森林のテラス、この暗闇の中、木々と枝と落ち葉、

暗闇の迷宮となった林を走る人間、

それも、自分のような小柄な体型の者に向かい発砲したところで命中させるのがどれほど至難であるのかを。

解っているから、恐れも無い。



同時に、この空間で行われる全てが、少女にとっての日常なのだろうか。

容易く人を殺せる銃弾の音と、その凶器持ちて襲う男達と、この狩場と言う名の「舞台」の全てが。

少女は、その舞台上に住み、その舞台で生きる人間なのだろうか。

だからこそ、その端正な顔には微塵の恐怖も脅えも無いのか。



大地を小さく蹴り付けた足で、そのまま草の斜面を滑走する。

滑り落ちる少女の姿を追い、男達もまた斜面を滑って行った。

サーチライトが彼らの背中を照らし、一瞬遅れて影も消える。

残るのは、虚空を突く白銀の槍。



斜面を下ったところに広がる僅かな踊り場。

平坦な地形と幾つかの木々の群れは今まで駆け抜けてきた迷宮と同じ光景。

視線を巡らせる男達の瞳に、少女の姿は見えない。

ただ、近くで水の流れる音が耳に届く。


「いない・・・?」

「・・・いや、この先は川。
 追い詰めたのだ、奴を」


通り過ぎる風の精霊の囁きの中、呟き漏らす。

短い会話が終われば、風と静寂だけが不気味に散らばる。

僅かに開けた月光の元の踊り場。

男達は円を描くように固まり、自分の視界の範囲の中、注意を寄せる。

両手に持ち直した拳銃。その銃口を微妙に揺らしながら。



夜の冷気が肌に冷たい。

静寂に成りきれない静寂が耳に痛く、風の音が痛みを和らげる。

微かに響く水音の旋律に鼓動が重なる。

それでも、冷めている心は、自分が「狩る者」の立場だと認識しているから。



踊り場を照らす灯火が、不意に掠れた。

サーチライトの届かぬここで唯一の灯りだった月光が黒い雲に遮られていく。

風が強く、肌を刺す。

最後に残る月からの白い糸も、途切れた。



それは、小さな風切り音。

真の闇となった舞台に、天空からの使者はやってくる。



木の上に潜み、息を殺して待ち構える狩人。

闇に乗じ、研ぎ澄まされた爪を今こそ閃かせた乙女。

円陣を囲う男達の頭上に、少女は舞い降りた。



「タン・・・」っと、乾いた音が鳴る。

力の感じさせない音律に、一人の男の首に紅い穴が穿たれた。

振り返り銃口構える男達の視界を、小さな穴から噴出す真紅の滝が色濃く占める。

顔面を青から白に変わらせる男は、打ち抜かれた頚動脈そのままに、何言か口の中で呟く。

鮮血の噴水は留まる事無く、男から命を奪い、数秒無くして果てた。



紅い雨を降らせながら崩れ落ちる男の肩越しに見える、影。

天空を占領する厚い雲の隙間から月糸の線が舞台を照らす。

刹那。

幾つかの視線が、冷たく澄んだ瞳をした能面被る少女を捕らえる。

呼吸が、詰まる。


「・・っ!」


一斉に向けられた銃口。

同時に少女は、瞳細く閉じ、何かに引き付けられるように右へと倒れた。

螺子の途切れた機械人形の少女。

銃弾が影を掠める。



制服から伸びる白く細い腕が大地を軽く突き放し、少女の身体は軽やかに宙を舞う。

風に流れる黒い髪に頬を弄らせながら、閉じていた瞳を少しだけ開ける。

突き出した右手に握られる銃身。

二回・・・銃声が鳴り響いた。


「うっ」

「がぁ」


苦悶の声上げて倒れたのは男達の方。

心臓に、額に、致命的な穴を付けられ、大地に崩れる。

流れ出る鮮血が、闇の中では黒い水に見える。

散り行く断末魔の痙攣さえ、この舞台では滑稽な姿。


「・・・あ」


残る二人の男のどちらかが、絶望的な呻きを漏らす。

狩る者と狩られる者。

その立場はいつから逆転したのか。

彼には解らない。


「・・くっ!」


一人は唇噛み締め、銃を持つ手を拳として握る。

至近に降り立った機械仕掛けの天使に向かい蹴り付ける。

気だるい表情の少女は、しなやかな動作で地に伏せた。

頭上を蹴りが空しく通り過ぎる。

もう一人の男が低く屈んだ少女の身体に銃口を向け発砲する。

それすらも、オートドールの天使には予測しきったチェス盤の動き。



後方に転がり銃弾をかわし、全身のバネを活かして飛び上がる。

空中を漂う一片の羽根の如き軽やかに・・・

風に流される羽根は容易く向きを変えるように、少女の身体は回転し、蹴りを放った男の顎に手をかけた。

死は、天使の見掛けの匂いをさせて舞う。

顎を片手で掴んだまま、彼の背後に爪先降り立つ。静かに。

瞬間、嫌な音が空間を満たす。

頚骨が圧し折れた音。

大きく見開かれた男の瞳に、白く鮮烈な顔を覗かせた月の姿が映る。

口から血の泡を吹き、瞳孔を反転させて崩れる彼が見た最後の光景。



洗練された踊り子の舞は時に人の動きを止める。

少女が見せたものも、それほど卓越した優雅さがあった。

「殺人舞踏」・・・・コッペリア(自動人形)の天使が踊る葬曲。

人では決して作りえない「舞」。


「うぁ・・・・・」


魂までも、凍る。

精神は散りに乱れ、身体は勝手に後退する。

その場から逃げ出そうと。

目の前の美しき恐怖から逃れようと。

少女の姿をした残酷な絶望から逃げ出そうと。



向けるべきの銃口さえも地に落とし、じりじりと足だけが動く。後ろに。

呼吸と鼓動の音がやけに大きく耳を刺激する。

それだけが、まだ、自分の生きている証だと本能が確認する。

それさえも・・束の間の・・夢。



オートドールの天使が、静かに男に顔を向ける。

何の感情も見出せない冷たい表情は、恐怖に囚われた男の視界に美しくも残酷にも映った。

琥珀色の瞳をまっすぐに注ぎ、少女は緩やかに銃口を向けた。

祭壇の羊は逃げることさえ叶わず、呼気を吐き出す。



「ノ・・・・NOIR(ノワール)・・・!」



自分に定められた黒い銃口を見つめながら、彼は呟く。

それを追う、発砲音。二発。

心臓と肺に鉛が撃ち込まれる。

胸に手をやると、生温い感触が指を濡らす。


「あ・・・・」


愕然となった表情で紅く塗れた自分の手を顧みる。

そのまま、その手を、少女に向かって伸ばす。

求めるように。縋るように。

震える指先を、天使の面影残す少女に向かって。



無慈悲な天使は銃口を逸らす事無く、引き金を引いた。

乾いた音が鳴り、小さな痛みが男の首を刺す。

一瞬遅れて、蒼白となった男の首から流血が吹き上がる。

血の雨が大地を濡らし、絶望に見開かれた表情のまま崩れ落ちた。

ただ、真紅の雨だけがその死を悼むかのように降りしきる。



彼等を殺し終えた少女は、やはり表情を微塵も変えず。

血で汚された神聖な舞台の上、ゆっくりと立ち上がる。



流れていった雲は月の姿を隠す事無く、地上の大地に銀の矢を放つ。

幾千本の光の糸。薄暗い舞台に下ろされた終結の幕。

琥珀色に溶けた瞳で、天空の蒼月を見上げた。



拳銃を学生鞄の中に収め、代わりにスカートのポケットから懐中時計を取り出し握る。

返り血で紅く染まった手で握り締めると、古臭い懐中時計は蓋を開かせる。

微かなオルゴールのメロディが夜空に流れた。



静かな旋律に散りばめられた音韻の歌声。

悲しみを綴る嘆きの歌のような・・・

祝福に喜ぶ慈悲の音楽のような・・・

神に縋る罪人の祈りの歌・・・

巫女が捧げる神への祈り・・・・



そっと・・・手を、天上に輝く月へと伸ばす。

祈り・・・

救いを・・・いや、答えを求めての、祈りのように。



「・・・・・NOIR」



NOIR(ノワール)、それがこの世界で目覚めた時覚えていた自分の名。

それ以外の過去は一切持たない。

また、その意味すらも知らない。

解っているのは一つ。


「私の手は・・・こんなに簡単に人を殺せる・・・
 なのに・・・何故・・・・・・・どうして悲しくないの・・・・」


少女の唇が漏らした囁き。

琥珀の瞳から涙が零れる。

月へ問い掛けた、断罪の告白に答える声は無い。

機械仕掛けの殺人人形の天使はただ涙を流す。

永延に繰り返される問いへの答えを求めて。



夕叢 霧香。

何も解らない少女の手に有った学生証に書かれていた名前。

だが、それは嘘。

真実ではない自分の名前。

誰かに与えられた嘘の名前。

では・・・・自分は何者なのだろうか。

本当の自分は・・・・・



繰り返されるは永遠の問い掛け。

答えの無い質問を闇に向かって囁き続ける。

月と夜の狭間で。

悲しみに祈り捧げる機械仕掛けの天使。



不意に暮れなずむ月明かり。

月光を浴びる細い少女の身体。

黒雲がまた、青白い白光を遮り、祈りを途切れさせる。

闇夜に流れるは、ただ、オルゴールのメロディだけ。

古ぼけた銀の時計から紡がれる祈りの旋律。



闇夜の舞台。閉ざされた空間。

それは「棺」。

その中で、少女は外に向かって祈り続ける。

救いを齎す神に。

このメロディと共に。



血溜まりと化した林の草原に流れるオルゴールの響き。

月下の葬列に手向けられた夜葬曲。

黒き御手の処女の求める答えを、そのオルゴールの響きだけが刺し示すのか。

今はまだ、何者も答えるべき者知らずとも・・・





棺の中、祈りだけが残る。





それが、未だ見ぬ物語に紡がれる。

血の孤独を纏う処女達を巡礼へと誘う。

物悲しい旋律を奏でるメロディの音韻が示す祈りの旅。










過去への・・巡礼・・・・


















後書き


はじめまして、こんにちは、こんばんは、テイルモンです。

私が書いた「NOIR」の処女作でした。

まず、先に言うことは、私はこのアニメをまだ全部見てません。

ですから、このSSも、「NOIR」を知っている人より、知らない人に向けた作品となっています。

私のSSから「NOIR」はこんな作品なのか、と、興味を持っていただければ本当に嬉しいです。

しかしながら、私の文章力では、「NOIR」の世界観を表現することは不可能でした(^^;

「NOIR」の根底に流れる物語を崩さずに華美っぽい文章表現に気をつけて書きましたが・・・・

まだまだ未熟だという自覚を再認識した想いです。

こんな作品ですが、それでも感想などをくれると嬉しいです。

読者様の感想の一つ一つが、私の「NOIR」に対する愛情をより深い物にさせていきますので。

それがいずれ、連載 という形になるかもしれません。

それでは、また、何時か会う日を夢見て。

にゃは   
     
       




テイルモンさんへの感想はこちらから

厚かましくも鳥類からのコメント


「キレイなお姉さんは好きですか?」でご活躍なされている、テイルモンさんからのご投稿です。どうもありがとうございます。


「NOIR」・・・世界観だとか人物像だとかはサッパリ分かりませんが、このSSの抑えた文章表現とそこはかとなく耽美風な情景が私の好奇心を煽ります。

これで「NOIR」のアニメやSSを漁るようになるかも知れません。

・・・・その時はテイルモンさん、責任とってくれるでしょうか?


それでは、いつの日か連載されることを夢見てテイルモンさんにぜひ感想を!


追伸 「夕叢 霧香」これ何て読むんでしょう?