痛みは感じなかった…
ただ復讐をしてやりたかっただけだから…
己に刻まれた烙印…それに滲み付いた血生臭い呪いの烙印…
湧き上がる血の奔流…死神は常に自分と共にあった…

何も感じはしない…ただ己に課せられた復讐を果たしているだけだから…
鉄の塊は相手を貫き、己をも貫く…血みどろの闇に埋もれながら…

贖えるとは思っていなかった。贖う気も無かった…
己に刻まれし烙印だけが今の自分と言う存在を容だたせる全てだから…
そう…自分は一度闇の中を這いずり回った存在なのだ…
幸福に満たされし過去の存在は死んだ…テンカワ・アキトと言う存在は…




悔恨と復讐の果てに
   Prince of Darkness〜The After Story〜




「警戒パターン、AからCへ移行。対ショックに備えて下さい」

僅かに揺れる戦艦を前に、一人の女性が館内放送で呼びかけた。僅かに蒼みの掛かった銀髪は左右で綺麗に纏められている。
あの時から2年……ホシノ・ルリは今18歳になっていた。地球連邦軍特別遊撃部隊、機動戦艦ナデシコは今特別任務を負っていた。
と言っても、その特別任務は彼女にとってはついでのような物だった。ここに乗っているクルー達もそうであろう。
北辰……この名を知っている者は少ないだろう。二年間と言う記憶の忘却の彼方に人の記憶から消えてしまったから……
だけど、忘れてはならない存在だった。火星の後継者……草壁春樹を中心としたクーデター。

二年前に鎮圧された事件だった。でも、あれは始まりに過ぎなかったと知ったのは、つい最近だった。
あの時回収された機体、テンカワ・アキトの搭乗する機体の外装甲。そして、コックピットの辺りを中心として破壊された機体。
だが、両者とも搭乗者の姿、形は見当たらなかった。

ナデシコは今、火星近圏を目指していた。二ヶ月前、大型の戦艦がジャンプゲートを使い地球連邦軍の戦艦がグラビティーブラストによって沈没。
有り得ない話だった。あの事件の発端となったボソン・ジャンプの演算ユニット。“遺跡”はユリカを助け出した時に無くなったから。

「さぁって、こっからが本番よ♪」

艦内が火星近圏に近付くにつれて緊張感に包まれる中、彼女だけは緊張感とは無縁の存在らしい。
蒼色の髪が腰ほどまであり、頭には小さな帽子。昔と変わらぬ姿、ミスマル・ユリカは艦長の位置に居た。
イネスの説明では、遺跡に取りこまれていた二年間は彼女の中の体組織は年を取っていなかったらしい。

ユリカは、助け出されてから3日で完全回復していた。
遺跡と融合したと言っても本質的には何も変わってはいなかった。
敢えて言うなら皆が年を取ったのに対して、彼女が年を取っていない事ぐらいの物だった。
医者も呆れるようなスピードで回復し、連日訪れた皆から渡されたお見舞い物も食べ尽くしてしまっていた。
長い事食べていなかったから、彼女曰く食べ溜したそうだ。

話を現在に戻すが、今現在はユリカが艦長の席に着いている。
本当なら、ナデシコC艦長は、ルリなのだが、今回の特別任務に限り、彼女たっての希望で、ユリカが艦長の席に着いている。
最も、ユリカはユリカでCよりも後に建造されたナデシコDの艦長を務めている訳だがあっちは今は軍が使用している。
更に、今回の極秘任務に当たるに当たって、彼女の希望であの頃のメンバーをほぼ集めたのである。
居ないのは、ネルガルの専門ドクターとして忙しいイネスと人気タレントになったメグミとホウメイ・ガールズ。そして…アキトだけである。

「相転移砲、及びグラビティー・ブラス発射の準備しておいて下さいね。ボソン・ジャンプで強襲されるかもしれないから」

「了解」

パネルにその意思を伝達する。オモイカネにその意思を伝えて準備をさせる。
真空空間に居るので、二つの装備は直にチャージーが完了した事をオモイカネが知らせてくれた。
数十分後、緊張感を残しながらも、火星圏内に入った。今回の目的地は、火星…と言っても、その近くに在る僅かな小惑星。
もっとも、テラフォーミングは済んでいるので、一応人が生活できる環境には在る。今の所レーダーにも反応は無いし、敵の姿も見えない。
最も敵がボソン・ジャンプを利用してくるなら、あまりレーダも役には立たないが、それでもボース粒子を感知すれば、先手は打てる。

だが…本当に敵からの襲来は無いのである。
火星の後継者事件でほぼあの時のメンバーは捕らえたから、その時の残名が何人か加わっている筈だが…
確かに人数は減少しているのだろうが、それでも敵である自分達が圏内に入ってきているのに攻撃無しとはいささかおかしな事であった。

「敵影の反応無し。艦長。このまま小惑星へと着陸しますか?」

「…このまま待ってても仕方ないわね。虎穴に入らずんば虎子を得ず。ミナトさん。行っちゃって下さい」

「了〜解」

ディストンション・フィールドを手早く強化し、重力に引かれながら、と言っても小さな小惑星なので重力による引力は殆ど無い。
ナデシコ自身が地上へと向けて降下し、火星小惑星圏内へと降り立った。入るときも敵からの攻撃は無し。

敵ももうこっちの動きは察知している筈であるから。考えられるのは何かトラブルが起こった…或いは敵の襲来から守っている…

ユリカが手早くモニターに行き掛けに渡されたイネスのデータを開いた。敵のボース粒子の発信源とボソン・ジャンプの距離から推定した敵の位置。
ここから然程離れていない位置にある。この速度で進めば十分ほどで着く。

「…妙ね…」

何時ものお気楽な雰囲気からは想像もつかないように神妙な面持ちをしてユリカは言った。無理も無い。
敵がいくら罠を張っているからと言っても、どう考えてもこの対応は遅すぎる。

「艦長。前方30キロの地点に敵地見えました。どうします?」

「…エステバリス隊発進させます。本館の周りを護衛しつつ、敵地に下ります。三郎太さん。戦闘指揮は任せます」

『了解!』

『なぁ〜んか、拍子抜けだね』

『…』

『さぁって、行くぜ!』

各々のセリフを残して四機の機体は空へと飛んだ。機動兵器を出したから敵がそろそろ来るかと思ったが…
それも無く、とうとう敵地の真横まで来てしまい、その横に付ける様にして着陸しようとした。
レーダーにも今の所以上は見当たらない。と言うより、生態反応すら見当たらない。

その瞬間。轟音が鳴り響いた。敵の基地を爆破したのか。と思うほどの轟音だった。
基地全体が爆発の炎と共に周りから崩れ落ちるのが見えた。
続いて見えたのは、赤い機体と黒い機体。両方ともエステバリスに乗る四人には見覚えが在った。

「アキト!!」

リョーコが叫んだ。その声をブリッジも聞いた。ユリカの方が僅かに揺れた。
自分が捜し求めていた存在。2年間。ナデシコDの艦長を務めていたのも半分以上はこれが目的であったからだ。
ルリも同じである。それを言うなら、ここにいるメンバーもそうなのかも知れない。其れでなければ、この船に乗り込んではいなかった。
最もその機体は操縦者がいないと見えて、何の反応も示さなかった。

代わりに、機体のレーダーが二つの生態反応をキャッチした。その方角を見る。ちょうどその機体の足元にいる形で二つの人影が見えた。
間違い無かった。あの時アキトの姿を見ていない者以外は確信した。

アキトだった。2年前と代わらぬ漆黒の闇を背負った彼が立っていた。厳然たる姿で…
二人はお互いの距離を保ちつつ対峙していた。アキトは銃を握り、北辰は刀を握っているようにも見えた。
その二人の動きを捉えるため、カメラ・アイを最大望遠にするようエステ・バリスに入力する。

ブリッジでも同じ事が行なわれていた。生態反応をキャッチし、その二人を映し出していた。
徐々に迫る映像に皆が息を呑むように見ていた。それが自分達の求める存在なのかを確かめるように…
だが…次の瞬間、一つの人影が消えた。あっという間にモニターの中から消えたのだ。

『ボソン・ジャンプ!』

『ボース粒子の発生を確認。ゲート・アウトは……!?』』

メグミの代わりにオペレーターを勤めていたハーリーの声が止まった。その瞬間後ろを向き、声にならない大声を張り上げた。
弾かれた様に全員が後ろを見た。そう、最上段に立つユリカの方を。
ユリカも反射的に振り向こうとしたが、振り向く事を躊躇った。
ゲート・アウトが自分の後ろならば…間違いなくあの人物が自分の後ろにいるのだから。
あの時…自分を連れ去った人物が…

後ろに現れた人物は、再び光を伴って消えた。その人物に手を掛けられたユリカも消えた。
動揺が艦内に走った。目の前で人が消えたのだ。それ自体は見慣れている。だが、余りにも突然の出来事に皆が固まっていた。
再び、光が艦内に走った。その上より僅かに下がったオペレーター席の場所。
目の前に立った人物にルリは瞳を見開いた。片方だけ違う色のした深紅の眼が恐ろしいほどの恐怖を与えていた。

銃声。逸早くその出来事から立ち戻ったゴートが銃を抜き上段から北辰の体を向けて発射した。速射で二連発を放った。
射軸上に北辰の体があり、曲がり間違っても当たるだが当たる瞬間、光を伴い、再び消えた。
あっという間の出来事だった。最初の報告から20秒たりとも経ってはいない。だが…事態は深刻を極める物となり、艦内は動揺の渦になった。
ハーリーはただその目の前に起きた光景を呆然と見るしか出来なかった。


『オイ!ブリッジ!!どうしたんだ!!何があったんだ!!』

リョーコの罵声がコミュニケを通して入った。硬直するブリッジの皆がその言葉を鍵に一斉に動いた。
現状において解った事は、ボソン・ジャンプでユリカとルリが連れ去られた事だ。
まさか、ボソン・ジャンプでこの艦内にゲート・アウトしてくるとは思ってもみなかった。
その一瞬の油断が二人を連れ去られる原因となったのだ。

「ユリカとホシノが連れ去られた!」

『何だって!?』

「ボソン・ジャンプで強襲された。まさか、艦内に来るなんて!!」

『おい、落ち着け、ジュン!』

「ボース粒子再び増大!場所…え?すぐそこ?」

「『え?』」

瞬間、再び皆の視線が先ほどの場所に向けられた。目の前の人物が消えた事に戸惑いの動きを僅かに見せるその人物の前に再び現れた人物。
思った通り、その人物は二人を連れていた。それも、人質のようにその首元に抜刀した刀を押し当てていた。
目の前の人物が激昂するのが眼に見えて解った。激しい怒りの渦がこちらにまで伝わってくるような気がした。

「外部音声に切り替え。急いでくれ!」

艦長のいなくなったナデシコを仕切るのは副長の役目である。
素早くルリのいなくなったオペレーター席に座ったゴートが操作した。
遺伝子伝達によるオモイカネの能力はルリにしか操る事は出来ないが、外部音声に切り替えるぐらいの事は簡単である。

「クックックック、未熟者よ。女を手玉に取られた程度で引鉄を引けんとは」

切り替えた音声に最初に飛び込んできた言葉であった。その声にミナトは僅かに身震いした。
二年前、自分の前に立ったあの人物。間違いなくあの人物だったからだ。

「貴様!」

「銃を渡せ、テンカワ・アキト。女を殺されたくなければな」

アキト…確かにそう言った。テンカワ・アキトはここにいたのだ。何の為?恐らく理由は、その目の前の人物を追ってであろう。

「どうした?引き鉄を引かんのか?復讐者よ…」

「クッ」

アキトはリボルバーをハーフコックに戻し、銃を投げた。重々しい金属の反射音が、張り詰めた空気の中を反響し誰の耳にも届いた。

「ほぉ、“ミッドナイト”か。遅かりし復讐者の貴様にはちょうど良い銃かも知れんな」

その言葉を言い終わるか終わらないかの内に、鋭く、くぐもった音が全員の耳を刺激した。
一瞬の間を置いて鼻腔を擽る火薬の匂い。地面に落ちた薬莢の音。
最初は銃声とすら解らなかった。理解したくなかったのかも知れない。向けられた銃口の先にはアキトがいた。
血が冷たい地面に滴るのが見えた。銃弾は、アキトの右太腿を貫通していた。

「ほぉ、良い銃だな。憎しみを称えた良い音色をしている」

「グッ」

「アキト!!」

「動くな!ミスマル・ユリカ。そのまま首を飛ばされたくなければな」

そう言いながら北辰は刀を握る腕に力を込めた。切っ先が僅かにユリカの首に触れ、血滴がその刀を伝って流れ落ちた。
ルリもその光景を見て息を飲んだ。ユリカよりも身長が低い自分は刀の切っ先は向けられてはいない。
だが…動けなかった。

「グッ」

「所詮心を闇に徹し切れなかった貴様の最後はこんな物だ。惨めだな」

「クッ」

「さらばだ、テンカワ・アキト……ん?」

「北辰様!直ちにご帰還下さい」

「どうした?」

「遺跡の暴走です。再び熱量を増大。あと五分後にはフリーズ処置を行います」

「うむ……命拾いしたな。いや、これも貴様の運故か……。さらばだテンカワ・アキト。また会おう」

「まっ、待て!その二人には何の関係も無い筈だ!」

「何の関係も無い?我が関係も無く、貴様の相手をする訳が無かろう」

「何?」

「人の業より生み出されし妖精。彼の者に封じられた記憶のキーを使わせてもらうのさ」

「何だと?」

「本来、ボソン・ジャンプとは、単に現世における空間軸を移動するのみに有らず。真の利用価値はその軸を超える事に有る」

「何?」

「お前も知っている筈だ。ボソン・ジャンプはその本来の能力は空間軸を移動する為ではない。時間軸を移動するものだ」

アキトは、その言葉を聞き、過去のイネスの言葉を思い出した。
ボソン・ジャンプ。それは自分達の目に見えるのは、空間軸を移動した事だけである。だが、その実際の能力は、空間軸ではなく時間軸。
それを超えることにある。時間と言う概念の前には、空間的な位置は意味を成さない。
つまり、時間移動が可能であるならば、空間移動も自由自在である。だが、その利用能力が低い為、現在では、空間軸を超える事のみである。

正確に言えば、時間移動の付加的作用として空間移動をしたように見える。それがボソン・ジャンプの正体である。
そこまで来て、アキトは気づいた。奴等が何を考え、そして何を求めているかを……

「…まさか…」

「そう、ミスマル・ユリカ。ホシノ・ルリ。両名の能力で、意図的に時間軸を超えるのさ。タイム・パラドックを起こす為にな。
時を順行する先進波、時を逆行する遅延波。それらを増幅、意図的に行なえれば出来る事だ」


「貴様!!!自分が何を言っているのか解っているのか!」

「一度遺跡と融合したミスマル・ユリカを介し、さらにこの妖精の遺伝子情報による時間軸の超越。
其れこそが、ヒサゴ・プランにおける最終形態だったのだ」

「何故、ルリちゃんなんだ!?」

「ネルガルにより生み出されし妖精。その実態は、単に遺伝子情報を操作したのみに有らず。
オモイカネだかを操作し、火星全域のコンピューター端末の全てを掌握するその力。
それらを最大限に発揮し、遺跡の情報を操作してもらうのさ。」

「貴様!」

「まぁ、そう熱くなるな。元はと言えば、貴様がラピスを連れ出した故このような事態になったんだ」

「何?」

「ラピスとこの者の存在理由は同じ。『遺跡』超越的なコンピューターシステムを掌握する力を与えられし存在。
その者の一人を……テンカワ・アキト。貴様が連れ出した故、この者が捕らえられるのだ」

「グッ。貴様!」

「ここで、貴様の相手をしたのも、非情に徹しきれん貴様なら我がこの艦隊に赴く事を知れば邪魔立てするだろう。
故に貴様を先に葬ろうと思った訳だが…順番が逆になったな」

「まっ、待て!!」

「さらばだ」

眩い光。目の前の人物は三人と自身の機体を引き連れて消えた。追う術は無かった。

拳を叩きつけた。鉄の機体に当たった拳は痛んだが、それ以上に己の中に甘い感情が在る事が腹立たしかった。
憎しみだけが今の己の全てだ。なのに何故!?俺はこんなに甘い奴だったのか!?
憎しみ、憎悪、怨み…それらが己の存在を立たせている全てなのだ。
非情に徹しきれない?数多の命を奪った自身が、今更そんな感情が在る筈も無い。未熟者…一瞬躊躇した自分が間抜けだったのだ。
もう一度塗り潰すのだ…己の中に在るあらゆる負の感情が、全ての感情を打ち消し、自身を殺意で染める事を…



『…ガ…ア…キトくん…聞こえる?…』

機体へと戻り、相転移エンジンを入れた瞬間、機体通信に割り込んできた。映像はこちらからプロテクトが掛けてあり、音声だけだ。
声の主は解っていた。ミナト・ハルカ……過去に、同じ戦艦に乗っていた者の懐かしい声だった。

「……」

『…取り敢えず、こっちのドッグに収容するわ。貴方の機体ボロボロでしょ?ちょこちょこっと直してあげるわ。それに…怪我してるんでしょ?』

極めて軽い感じの声が耳に届いた。もっとも、その声に微妙な変化がある事をアキトは気づいていた。
断る事は出来た。エンジンは相転移だからほぼ無限。武器の弾薬などは確かに底を尽き掛けていたが補充する必要も無い。
だが…自分は、素直にナデシコのドッグへと入っていった。

アキトは、機体から降りると見慣れた面々が揃っていた。今回の騒動も、前回と同じく極秘任務だったのであろう。
ほぼ、昔のメンバーで構成された整備班がいた。恐らく、ミナトが居る事から、他のクルー達も…
そう…何もかもが過去と変わらぬ姿で、変わってしまった自分の前にあった。
アキトは、機体を整備班に託し治療室へと呼ばれた。弾丸は足を貫通していたが、血は止まる様子が無かった。
動脈が傷付いたらしい。もっとも、痛みは然程感じない。治療室には、イネスではなく他の人物がいた。
強引に包帯と止血剤だけを奪うようにして持ち出した。自分の背に罵声と医者らしき言葉を投げかけていたが気にも止めなかった。
廊下のソファーできつく縛った。痛みは、感じない。神経をやられてしまったからではない。
己の中にある憎悪が感覚を麻痺させていた。己の中の黒い塊の蠢きは吐き出しそうになっていた。

其処へ、見慣れた顔の人物がやって来た。もう顔を合わせる事も無くなってから4年以上足ったか…
髪は、過去に見た時よりも伸び、端整な顔立ちのせいか未だに女のような顔をしている。

「テンカワ…久しぶりだな」

「…ああ…」

「…怪我…大丈夫か?…」

「…ああ…」

「…まだ整備には時間が掛かる。それまでは…ゆっくり休んでくれ。昔と変わらない艦だ。皆もいる…」

「…ああ…」

「……じゃあ……」

ジュンは、それだけを告げ自分の前から去っていった。アキトは、ジュン声の調子が何時もと違う事に気付いていた。
もっとも、過去から推定してだが、人はそう簡単には変わらない。
恐らく、今の自分の姿を見て、信じられない。もしくは恐怖…それらの感情を感じていたのかもしれない…

アキトは、それから、その場を動かなかった。



「…もう…行く…だって?」

「…ああ…」

「ちょっ、ちょっと待てよ。まだ武器の補充が終わっただけだぞ。他の部分も整備しないと…」

「…構わないさ…」

「大体何処に行くって言うんだよ!今、ナデシコと連合が奴等のアジトを追っている。それが見付かるまででも…」

「…ラピスが知っている…」

「何?」

「2年前。お互いにシンクロしてから、ラピスは彼女の居場所が解る。彼女が解るかどうかは解らないがな。それを追う」

「ルリか?」

「…そうだ…」

「待て!じゃあ、その事を奴等が気付いたらどうする!いくら利用するつもりでも、自分達に害が及ぶなら殺される。
ルリは殺されるかも知れないんだぞ!!ユリカだって!!」

殺される…周りにいる皆が、自分の背に冷たい汗が流れるのが解った。リョーコの言うことは最もだ。
いくらルリに利用価値があり、奴等がそれを求めていても自分たちに害が及ぶのならば、殺すだろう。

…だが…次に発せられたアキトの言葉は、それ以上に衝撃的だった。

「…関係無い…」

「なっ!」

衝撃的だった。目の前にいるテンカワ・アキト。確かに変わってしまっていた。姿も、彼が纏う雰囲気すらも。
昔の自分達が知っている姿からは懸け離れている…それでも…自分達の知っているアキトだと思っていた。
だが、違った…

「俺は、奴等を見つけ出して殺す……他の事は知らない……」

「なっ、何を言って「ちょっと、あんた!!それ本気で言っているの!!」

突如横から、リョーコ声を遮って、ミナトの罵声が飛んだ。アキトの前まで来て、アキトのバイザーをしている目を睨み付けた。

「……ああ……」

パンッ!

静まり返ったドッグに一発の歯切れの言い音が鳴り響いた。ミナトは、振り上げた手を握り締め、涙目になりながら、アキトを睨み付けた。

「……いい加減にしなさいよ。アンタ。あの二人が今までアンタの事どれだけ心配したか解ってないの!」

「……関係無い……」

「……何が……何が其処まで貴方を変えてしまったの?ねぇ、アキト君……」

「……ミナトさん……貴方には見せた筈だ。二年前のあの時……俺に刻まれた“烙印”を…」

アキトは、ゆっくりとバイザーを外した。誰もが息を呑んだ。過去に一度見たことのあるミナトですら息が詰まるほどだった。
昔と変わらぬ…いや、変わってしまったアキトの顔が其処にあった。
バイザーを外した彼の顔。過去の穏やかな優しい顔とは懸け離れた鋭くなった目付き。その奥には、暗く闇を称えた瞳が光っていた。
そして……光の線状に光る彼の顔。それは、何処から見ても、昔の彼の顔とは懸け離れていた。

アキトは、再びゆっくりとバイザーを目に戻した。

「全ての理由はこれから始まった。奴等に掻き回された頭の中でたった一つだけ俺の中に鳴り響くもの。憎悪の鼓動だけだ…
あの実験だけじゃない。奴等は…奴等は、ネルガルの上層部にも潜り込み、あの時のクーデターにも関わっていたんだ…」

「…あの時の…クーデター…?」

ミナトは、震える声で言った。目を逸らしたい衝動に駆られた。

「俺の親父達が殺された時…あれは、ネルガルの最高決定だと言った。だが、それも奴等の仕組んだ事だったんだ…」

「そっ、そんな…」

「二年前のあの日…決着は付いたと思っていた。だが、奴等は生きていた。だから…殺す…それだけだ……」

『じゃあ、何であの時撃たなかったんスか?“先輩”』

背後から声が聞こえた。皆がそっちに一斉に振り向くと、金髪に赤色のメッシュ。如何にも派手で軽い男が立っていた。
元木連の高杉三郎太…現在は、ナデシコのオペレーター兼エステバリスのパイロットである。

「……敢えて“先輩”と呼ばせてもらいますよ。テンカワ・アキトさん」

「…あの時、リョーコさん達と一緒にエステに乗っていた奴か…」

「覚えていましたか。光栄ッスね」

「…何の用だ?」

「最初に言った通りですよ。貴方が本当にそう思っているなら、何故あの時引き金を引かなかったんスか?」

「……」

「怪我を負った訳でもない。銃には弾丸はフル装弾されている。だが、貴方は引き金を引かなかった。
確かに撃ったとしてもボソン・ジャンプで交わされていたかも知れない。
それでもあの時貴方が二人を前方に立たせた北辰を狙って引き金を引く事は出来たはずだ。
それが全てを記しているんじゃないですか?」

「……」

「まっ、全てはアンタの意思だ。これからアンタが奴等と一戦やりに行くって言うなら止めはしないっスよ」

「……」

誰もが、その二人の会話を息を呑んで見守っていた。アキトは、終始無言だった。皆の間に、沈黙という重苦しい空気が流れていていた。
アキトは、自分の両手を上げ、手の平を見た。視力をほとんど奪われた、自分の腕は、バイザー無しではほとんど見えはしない。
血塗れた手…あれから二年間。何人この手に掛けて来ただろう…関係無い奴も殺した事も在った。
血塗れた闇の中に沈んだ自分の体。復讐という名の業火に身を焼き、闇に潜んだ奴等と対峙する時、自分もまた闇へと飲まれていた…
その自分に…未だにそんな人間らしい感情が残っているのか?殺意のみを残した自分の感情の中に…


「兵器ってのはよ…」

アキトの後ろから、声を掛けた人物がいた。ダボダボの作業服を着て、スパナで頭を掻きながらゆっくりと近づいてきた人物は、誰にともなく語った。

「兵器ってのはよ。所詮は人を殺す道具だ。その果てに行きつくのは、憎しみだけだ。人を殺す。殺される。その想いの果てに行き付く物…。
なぁ、アキト…お前が何の為に戦い、何の為に兵器を振るうのかは解らねえ。だが…お前…復讐に逃げ込んでるんじゃないのか?」

「…どう言う意味だ…ウリバタケ…」

アキトは鋭く睨み付けた。バイザー越しだが、確かに皆の目にはそう見えた。だが、ウリバタケはそれに構わず歩きながらアキトに語り続けた。
その声も何時ものお茶らけた彼の声ではなく、鋭い刺を持ったような声だった

「憎しみってやつはな、悲しみに面と向かっていられねえ奴の逃げ込む場所だ。自分の弱さを隠す為にな。
復讐なんてのは、血錆びた兵器を更に血溜りに浸けて磨ぐようなもんだ。悲しみって、心の刃毀れを治すため、その心を血に沈めちまうのさ。
磨ぐほどに、心は錆びつき、錆びつくからまた磨ぐ。最後に残るのは、バラバラに砕けた、錆びの粉だけだ」

「…何が言いたい…」

「…お前の心には、でっかい亀裂…大きな、恐怖と悲しみが走ってる。それを覆い隠す為、復讐に…憎しみに逃げ込む…違うか?…」

「……」

「……」

「…アンタに何が解る…」

アキトは、静かに口を開いた。皆がその声の調子に凍りついた。僅かに怒気を孕んだその声に…

「…俺はあの時突然、何の前触れも無く、ただ無慈悲に奴等によって実験道具にされた。
俺の幸福やそう言った感情を剥ぎ取るように毟り取り、絶望の暗闇の中に叩き落とした!!
親父達は、奴等の下らない理想の為の陰謀で殺された!!何の前触れもなく!!
そして、奴等は!俺の…掛け替えの無い“モノ”…ユリカまでも…!!」

「……でっ、お前は、その掛け替えの無い物を放り出して、二年前、お前は飛び出していったんだ」

「!?」

「二年前、苦しみ救われん最後に残った掛け替えの無い物。それを一度は取り戻したにも関わらず、
お前は、その掛け替えの無い物を置いて、復讐という憎悪に逃げ込んだんだ…違うか?」

「……」

「お前がどれほどの地獄を見てきたかは、俺みたいな中年には解りゃしねえ。
最も、昔のお前さんから今の変わり果てたお前を見れば大体想像はつくがな。
だが、その暗闇の中、お前はたった一つの掛け替えのねえ“モノ”を奪われ、取り返した。
それにも関わらず、復讐という名の安易な逃げ道に逃げ込み、血塗られた道を歩いている…違うか?」

沈黙…重苦しい空気が皆の間に流れていた。誰一人口を開く者は無く、誰もが硬直したように、ただアキトとウリバタケを見ていた。
息をするのも億劫になるほど、緊迫した空気が間を流れ、唾を呑みこむのさえ一苦労だった。

「…俺は………」

アキトは、掠れた声で呟いた。誰の耳にも届かないほどか細く。

『ウリバタケさぁ〜ん、こいつの修理終わりましたよぉ。どうすんスか?』

メカニックの一人がメガホンでエステの上方から声を掛けた。

「…整備は終わった。後はどうすっかはお前次第だ…どうすんだ?…」

「……」

「……行って来い。アキト…まだ遅くはねえ……」

「…すまない…」

「いいって事よ。何せ、相転移エンジン付きのエステなんて物に巡り合えたんだからな」

ウリバタケが何時もと変わらぬ感じで言った。その言葉に、張り詰めていた空気が和らぎ、皆の顔も自然と普通の顔に戻っていた。



「…この中に、A級ジャンパーとあの時飛んだ者はいる筈だ?誰だ?」

アキトは、再び黒い服を纏いエステに乗り込む前に聞いた。
突如の質問で、一瞬困惑したが、意味を理解した後注がれた視線。少年の方に視線が注がれていた。

「…あっ、はい…僕ですけど…」

「…出身は?…」

「…あっ、地球です…」

「…B級ジャンパー…か…」

「はい」

「…ルリちゃん達を助け出したいか?…」

「え?」

突然の言葉にマキビ・ハリは戸惑った。その少年の手に一つの鉄の塊が渡された。
映画とかで見た事がある形をしていて、握り方も知ってる。ただ、それを実際自分の手で握るのは初めてだった。
13歳の自分の力では軽々と持てるほど軽くなかった。

「…俺は、奴等の相手をするので精一杯だ。ユリカとルリちゃん達は、お前が守れ」

「…えっ、えっ!?」

ハーリーは戸惑った表情を浮かべた。無理も無い。13歳の子供に銃を渡し、二人を守れといわれたら戸惑うのも無理は無い。
そのハーリーの肩を叩いた。三郎太だった。

「行って来い。ハーリー。先輩からのお願いだぞ」

「でっ、でも!B級ジャンパーなら高杉さんでもいいじゃないですか!」

「生憎とね。あんな狭いコックピットに大の大人が二人も入れないよ。入れたとしても俺はごめんだね」

軽い調子で三郎太は言った。木連所属であった彼は、ジャンプ体質にある。それは、木連は全て火星からの移民者だからだ。
だが、火星の後継者の中にも、A級、B級といった差が出る。三郎太は、そのB級に当たるのだ。

「そんな理由で止めないで下さいよ。僕、銃なんて使えませんよ!」

「まっ、何とかなるって。ここで一つ男を上げて、お前の“艦長”をゲットしてこいよ」

そう言いながら、三郎太は笑いながら、ハーリーの頭を叩いた。
その言葉を理解するのに数秒掛かったが、理解した瞬間、かぁっと頭に血が上って、顔が真っ赤になるのを感じた。

「なっ、別に僕は、ルリさんの事は!」

「あれぇ?今の艦長はミスマル・ユリカ嬢だぞ?だれも“ルリさん”だなんて言ってないぞ」

その言葉に、ハーリーは更に顔を赤くした。
周りからも、クスクスという笑い声共に『ハーリー君もやるわね』とか『ハーリー君やっるぅ♪』
などという声が上がるものだから、彼に取ったら踏んだり蹴ったりである。


アキトは、その光景を一歩離れた位置から見ていた。時代が変わり、世代が代わっても変わらぬ姿。
昔のままの“ナデシコ”の姿があった。5年前、自分もそうであったかのようなハーリーの仕草を見ているとあの時の事が鮮明に思い出される。
それが自分の心の中を締め付け、そして焦がしていた。アキトはその光景を見て、フッと笑った。

「…行くぞ…」

「…あっ、はい…」

「…頑張れよ!ハーリー!」

そして、先にハーリーを補助席に乗り込ませた。ラピス用に作った席だったが、ハーリーにとっては多少きつい程度で大体OKであった。
続いてアキトが乗り込んだ。アキトは、乗り込む瞬間、皆にこう告げた。

『…ユリカとルリちゃんは…必ず取り戻してくる…』



「ラピス…奴等の…ルリちゃんの居場所…解るか?…」

アキトは、ブラック・サレナの専用回線。すなわち、ラピスとの交信用の回線を入れた。今現在ラピスは、この宇宙空間とは懸け離れた場所にいる。
最初は近くに戦艦ごと潜伏させておいたが、奴等の狙いがルリ、ラピスだと解った事で、ラピスを別宇宙空間に避難するように伝えたのだ。

『うん…火星の…座標を言うよ。X10530 Y22350 Z 33715…ここに、ホシノ・ルリはいるよ』

「…火星の…X10530 Y22350だと?確か其処は、あの遺跡の在った場所じゃないのか?」

『うん…正確には、それよりも随分地下だけど…』

「奴等め…あそこで何を見つけた…ありがとう…ラピス…」

『…うん…死なないでね…アキト…』

「…ああ…」

アキトは、回線を切った。もう少しラピスから色々聞きたかったが、奴等がこちらの事を把握しているなら、今の回線を傍受される可能性が在る。
逆探知され、ラピスの位置が知れればボソン・ジャンプを使う奴等にとっては、ラピスを捕らえたも同然だった。
アキトは、これから、一つの賭けに出ようとしていた。最後のCC。チューリップ・クリスタル。
もうボソン・ジャンプは無くなったと思い過去の自分のようにペンダントのようにして持っていたものだ。それが、こうした形で使用する事になるとは…

奴等は、あの時確かに飛んだ。それはデータからもボース粒子の発生。ジャンプ・アウトのゲート反応。それらが感知されていた。
遺跡は確かにあの時無くなった。だが、遺跡がもう一つあれば?あるいは、それに変わる“何か”があれば…
遺跡と言っても、要するに演算ユニット。ボソン・ジャンプを制御するシステムさえあれば、ジャンプは可能なのだ。
恐らく奴等は、あの時の遺跡に代わる“何か”を見つけたのだ。ただ、己の野望の為に……最も、飛べるかどうかは5分5分だった。
だが、奴等が飛んだのであれば、遺跡から遠くてもCCを使いボソン・ジャンプの処理をさせれば或いは…
A級ジャンパーである自分は、位置をイメージすれば飛べるはずだ。

アキトは、一度大きく息を吐き捨て、前を睨み付けた。そして、前を向いたまま、言った。

「…行くぞ…」

イメージ。火星の遺跡より数10キロ離れた位置をイメージした。CCから眩い光が発せられた。
七色にも見える光が二人を覆うのが見えた。その光は徐々に機体全体を覆い、一瞬の内に皆の前から姿を消した。

荒野の広がる大地。未だ人の住み着かぬ大地。火星。その大地にゆっくりとブラック・サレナは降り立った。
ここから少しでも近づいた位置でジャンプしていれば、ボーズ粒子の発生を奴等に感知される。故に離れた位置に降り立ったのだ。
アキトは、相転移エンジンから、通常のバッテリーに切り替えた。相転移エンジンから流れ出る微量の粒子でもレーダーで感知されるからだ。
最も、近づいていけば、機影ごと発見されるだろう。だが、少なくとも、奴等に強襲されるまでの距離は稼げる。

「…大丈夫か?…」

「…あっ、はい。大丈夫です…」

「…これからは奴等が本格的に襲ってくるだろう…全部は相手にできん。基本的に撒く事を考える。お前は、オモイカネと接触できるのか?」

「えっ?はい…」

「ならば、これで、奴等の動き把握してくれ。やり方は、使えば解る」

そう言いながら、ボタンを一つ押した。上段に座るハーリーの目の前に上から小さなパネルが降りてきた。
使い方は、同じとの事でハーリーはそっとパネルに手を置いた。ナノマシーンが発動し、目の前にモニターが開かれた。

その様子を見て、アキトは再び前に視線を向け、ゆっくりと機体を飛ばした。見付かった瞬間、相転移エンジンを全開にし振り切るつもりだった。
敵が近寄ってきた瞬間にエンジンをフル稼働すれば相転移砲、とまではいかないが敵の動きを少なくとも僅かながら止めれる。
その瞬間に、最大加速で、遺跡に乗り込むつもりだった。



機体は、ゆっくりと巡航していた。思っていたのとは裏腹に敵は今の所見当たらなかった。っと言うよりは、まったく人のいる気配がしない。
嵐の前の静けさ……ただそれだけの物かもしれないがそれにしたら、おかしい。
レーダによれば、既に遺跡からはもう10キロほどに差し掛かろうとしている。それなのに、奴等からの強襲が無い。
場所を間違えた事は無いだろう。だが、あまりにも静か過ぎる…

「!?アキトさん!!上!!」

突如補助席に座るハーリーから声が飛んだ。一瞬で判断し、IFSで相転移エンジンをフル稼働したブラック・サレナは全速で前に飛んだ。
刹那、機体を掠めながら暗い閃光が走った。レーダを見なくても解る。未だに主力武器として使われているグラビティー・ブラストだ。
肩口を掠め、削られた破片は簡単に粉々になっていた。ディストンション・フィールドと瞬時の判断が無ければ、機体ごと潰されていただろう。

「敵か?」

「…いえ、恐らくは、半自動の防衛装置か何かだと思います。ボソン・ジャンプを利用した…」

「…なるほど…既に奴等には気付かれていたという訳か。奴等の人数が少ない分、自動兵器などに任せようという事か。
 この先は、全速力で遺跡まで突っ切る。だが、恐らく敵も馬鹿じゃない。ボース粒子反応を感知したら、その方向を示してくれ」

「はい!」

そう言いながら、ハーリーは手をボードに置き、神経を集中させた。途端、彼の顔に線状の光が走っていた。
まだ、子供だが、まずまず頼りになる奴だな…そう思いながら、アキトは前を見据えた。
恐らく、これからは奴等の領域だ。一瞬でも気を抜けば殺される。神経を研ぎ澄ませ、全速で黒き死神を飛ばした。

其処から先は、妨害作の嵐だった。何発機体を掠めたか解らないが、取り敢えずまだ危険を訴えるブロックはまだ無い。
巧みな操縦と、ハーリーの指示が的確且つ迅速だったお陰だろう。前方に遺跡が見えてきた。
もう少し…そう思った瞬間。ハーリーの指示と共に急停止し、後ろへ飛んだ。

「…来たか…」

アキトは静かに言った。だが、心中は穏やかではなかった。自分の中の黒い塊が蠢くような気さえした。

「…北辰様には一切近づかせはせん!」

その言葉と共に、次々とジャンプアウトしてきた機動兵器。数は3。雑魚どもなら簡単に片付くが、仮にもあの時実行部隊であった者達。
二年前の戦いでその殆どがやられていたが、生き残りもいたのであろう。北辰自身が生き残っていたのがその証拠だ。

「…どけ…死にたくなかったらな…」

「…我等は北辰様の影。何人たり共この先には行かせん!」

アキトはその言葉の瞬間、唇を僅かに歪ませた。
次の瞬間、エンジンをフル稼働し一気に間合いを詰めながら銃を乱射した。煙幕が敵を覆いそれに呼応し上へと飛んだ。
だがアキトはそれを読み前進するエネルギーをそのまま上へと持ち上げ加速し、その上を取った。
上を向けて銃を乱射する敵の銃がフィールドを突き破り、機体に当たるのも構わず、手前にいる敵の首を掴んだ。
掴まれた瞬間、敵が顔面に銃口を併せるのが見え、一瞬早く首を捻り、交わした。
その首に反対の手でグラビティー・カノンを押し付け乱射しながら下へと撃ち続けた。
撃たれた個所は銃痕を大きく開け、まるで血が迸るかのように黒い機体に降り注いだ。
乱射はコックピットの辺りで止まり、機体は力を失い重力に従って下へと落ちた。

「アキトさん!右!」

そう言った瞬間機体を捻り、迫り来たミサイルを交わした。
だが、それを見越したかのように上から槍を突き付けようとするもう一体の機影が目に入った。

避けられない…そう思ったアキトは、機体の肩口を上げ肩でその槍を受け止めた。
槍はフィールドを貫通する能力を持っている為、全てのエネルギーが機体に突き刺さり、機体が悲鳴を上げた。
その槍をもう一方の手で掴み、強引に引っ張りながらバルカンを連射しながら煙幕を張り、一瞬の間に間合いを詰め拳をコックピットに捻じ込んだ。
IFSにより、中の人間の潰れる感じが伝わってきた。それに一瞥をくれ、もう一体の機体を目で追った。
だが、二体がやられた瞬間、もう一体の機体は勝ち目が薄いと見たのかフル稼働で、逃げようとしていた。
既に距離が開いてしまっていたので、これから追っても遺跡に逃げ込まれるのが結果である。

アキトは、小さく息を吐き捨て緊張を緩めた。何時もの自分なら、逃げ込まれるかも…という段階なら追いかけ、殺していただろう。
怨み、憾み…己の中に深く彩った憎しみの欠片は今更贖える物だとは思ってはいない。だが…今はそれよりも優先する物があった。

「…ここから先、後数キロだが妨害システムはあるか?」

「いえ、取り敢えずは無さそうです」

「…ここからが本番だ。お前に渡した銃。しっかり握っておけ…」

「…はい…」



数十分後、遺跡の中にアキト達は入っていった。
あの時張られていたディストンション・フィールドは今は無く、ただ、その風貌を荒々と印しているだけだった。
どんどん中へと降りていく…あの時最下層だと思っていた暗い闇の中に降りたが、其処に一つのゲートがあった。

最下層の更に下…この奥に何があるかは今の自分には見当もつかない。
だが、恐らくこの遺跡と相当する、あるいはそれ以上の物が眠っているはずだ。

ゲートに近寄り辺りを見まわした。案の定、小さなパネルが在り、中にはパスワード入力キーが在った。
アキトは小さく舌打ちした。何時もラピスによってパスワードを解析貰っていた為、現状では彼女に連絡する事は出来ない。
壊しても良いが、そう簡単には創られていないだろうし、この奥がどうなっているか見当が付かない以上、危険な行為は避けたほうが良い。
八方塞であった。

「?どうしたんです?」

いつまで経ってもゲートを開かないアキトを見兼ねて、後ろからハーリーが声を掛けた。

「…ゲートのオープン・パスワードが解らない…」

「あっ、な〜んだ。そうなら早く言ってくれれば良いじゃないですか」

「?」

そう言いながら嬉々としてハーリーは無邪気な笑みを浮かべた。こう言う事は彼の専売特許であり、何時もやっている事なのだ。
最もその大部分が、極秘調査などに関する時のハッキングなどが主である。故にパスワードの解析は簡単な物なのである。

「僕に言ってくれれば直に開いたのに」

「…頼む…」

「了解!システム・データ。こっちに廻してもらえますか?」

「ああ」

ゲートのパスワードの入力システムをハーリーに回すとあっという間に改ざんが終わっていた。
手馴れたもので、最短でシステムを把握し、そのパスコードを見つける手並みは、流石としか言いようが無かった。
ゲートは重々しい音共に開き、だが、それは何重にも重なり合っていて、最後に残ったのは、人が通れるゲートだけであった。
エステはここで置いておかなければならなくなりそうだった。

「取り敢えず、ゲートがオープンされた事がばれない様にデータもいじっておきました」

「…行くぞ…銃を握っておけ…」

そう言いながら、アキトもまた銃を出した。普段なら二丁身に付けているが、今はハーリーが持っている。
この銃にも何度か命を助けられ、そして命を奪い去った。関係の薄い研究者やオペレーター達をも手に掛けた事も在った。
アキトは横目でハーリーを見た。先ほどの無邪気な表情が一転して無表情に握った銃を見つめていた。恐らく恐怖を感じているのだろう。
いくら戦艦に乗って、戦いに於いての能力が優れていると言っても、それは戦艦の操作能力、情報収集能力なのである。
実際の戦闘に於いての能力は彼には皆無だろう。

高杉などは、体術などを会得しているからこうした生身の戦闘でも行けるだろうが…彼はまだ子供だ。肉体的、精神的にもだ。
実際、自分がこの銃で人を撃った時、目の前に転がる屍を見た時、彼が恐怖に支配されるとも限らない。
その時は、自分がやるしかないと思った。

ゲートを潜り抜けると、中は曲がりくねった鉄で覆われた通路が続いていた。冷たく死の色を示す通路は不気味なほど静かである。
ゲートがオープンされた事がばれていないと言っても、恐らく一人逃がした奴から自分が来ている事は知れている筈だ。
奴等の人数が少ないとは言え、この狭い通路で囲まれたら終わりであった。
最初にやら無ければならないのは、やはり情報の収集、最優先すべくはこの内部の構造に関しての情報、そして二人の居所であった。



足音も立てず、素早く死角から死角へと動き、時折居る監視の目を欺きながら奥へと進んだ。中の構造は、何処まで行っても変わらない。
迷宮のように同じ景色ばかりが続き、時折方向感覚を失いそうになる。ただ確かなのは、徐々に下へと下っている事だけであった。

アキトは、後ろを見た。足音を立てれない為あまり早く走れないが、敵に見付かってはいけない。
音を立ててはいけないと言う緊張感の中、自分に付いて来ているハーリーは目に見えて疲労していた。
額に浮かび上がった汗の粒を何度も拭き取っていた。
だが、構っている暇は無かった。遅ければ遅いほど、二人を危機に晒す事になる。アキトは再び駆け出した。

既に100メートルほどは下っただろうか。一室の部屋を見つけた。周りに人が居ない事を確認し、素早く扉へと近づいた。
ハーリーには目配せし、辺りを見張っておくように伝える。
耳を当てた。視力をほぼ奪われてから、その見返りと言うのもなんだが聴力は以前よりも優れたものになっていた。
バインザーの無かった頃は、殆ど聴力のみを頼りに行動していたせいも在る。耳に神経を行き渡らせ、中の様子を探る。気配は二つ。
このまま踏み込み、殺す事は容易い。引き金を二回引けばそれで用は足りるからだ。だが、今はハーリーが居る。
更に、ここで銃声を聞かれれば、自分が既に中に踏み込んでいる事がばれる。以前の自分なら躊躇しなかっただろう。
奴等も北辰らと同類。死の実験に加わる復讐対象だからだ。だが、この短期間に変わりつつある自分の中を思い、僅かに苦笑する。

アキトは軽く物音を中に聞こえる程度立てた。中から異変を察知し、こちらに歩いて来ている気配がした。
自動扉が開かれた、顔を出した瞬間その頭に銃把を叩き付け気絶させた。
異変を感じたもう一人が悲鳴を上げる前に中に踏み込み、鳩尾に思いっきり拳を叩きつけた。
ずるずると意識を失ったもう一人は足元に縋り付くように倒れた。

「…来い…」

アキトは静かに通路の向こうで怯えているハーリーに告げた。
銃声が鳴らなかったにしろ、その向こうで何が起きているかを想像していたのだろう。
だが部屋に入った瞬間、二人の男が気絶しているだけを知って、ほっと安心したように中のモニターに近づいていった。

それから先は簡単なものだった。最寄のデータにアクセスし、マップを引き出した。

「…二人の居場所…記してませんね…」

「…だろうな…」

ある程度予想はしていた。二人はここの実験道具にされる為連れ去られたのだ。
ならば、恐らくその遺跡に代わる“何か”のある位置に居る確率が最も高い。
マップをざっと見、一箇所だけ気になる場所『シークレット』と書かれた中央部の場所。恐らく其処が、“遺跡”の場所だろう。
ここから更に300メートルほど地下である。

『…ガ…どうした?…定時連絡は…』

突如聞こえた声にハーリーは文字通り飛びあがった。アキトも一瞬驚いたが、すぐさま行動し気絶している男の腕に付いた物。
ナデシコでも使用していたコミュニケのような物を取り上げた。

「…こちら…異常無し…」

『…ガ…了解…』

其処で回線は途切れ、再び沈黙が支配した。アキトは、先に倒した男の持っていたサブ・マシンガンを取り上げた。

「もう、時間が無い…急ぐぞ…」

「…はい…」



時折背後からは銃声が聞こえてきた。銃声は確実に自分達に向けられていた。
全力で走りながら、時折後ろを向き片手で銃声のした方向けて撃った。的確に銃弾は相手を貫き戦闘能力を失わせていた。
サブ・マシンガンはまだ使っていない。囲まれた時、危機に貧した時に使うのだ。

「其処のシャッターを下ろせ!」

アキトは鋭く横のハーリーに命じ、自分は後ろを向き銃を撃った。
パネルに触れ、閉まるように指示すると重々しい音を立ててシャッターが下り始めた。
そしてシャッターの閉まるギリギリに滑り込み敵をやり過ごした。

「…すいません…」

「…謝る暇は無い。奴等の所まで駆けろ。謝る暇があるならな」

そう言いながら二人は再び走り始めた。

当初はうまく行っていた。マップを手に入れたのでそれに沿って静かに走っていき、地下へとたどり着くだけであった。
だが、其処で思わぬアクシデントが起こったのだ。慣れない銃を長く持っていたせいかハーリーが銃を落としたのだ。
金属製の廊下なだけ合ってその音は通路に反響し、反対側に居る監視者に見つけられる結果となった。
向こうが銃を構えた。

形振り構ってはいられなかった。引き金を引いた。手の中で愛用の銃が軽い衝動を伝え、銃弾は吸い込まれるように額に入り、仰向けに倒れた。
即死だった。

ハーリーはその光景を呆然と眺めていた。一連の映画を見ているような気分さえしていた。
だが、これはあくまで現実だ。近くに倒れている屍も、鼻を刺す血の臭いも全て現実の物だった。
突如嘔吐感が込み上げてきた。無理やりそれを押さえ込み、涙目をアキトに向けた。
怒っているだろうと思っていた。当然だ。全ての監視を欺き、目的である場所まで後地下を100メートルも下らない所まで来ていたのだ。
其処で思わぬアクシデントを作ったのは自分だった。子供という理由で許されるものでは無い。
ここはあくまで戦場である。戦艦を操作している自分はそれは百も承知のはずだから…

だが、思っていたのとは裏腹に、アキトはそこまで怒っていない様に見えた。
もちろん、目はバイザーで隠されていたし、あくまで何となくだ。口も聞けないほど怒っているのかもしれない…

スッとアキトが動いた。ビクッと体を震わせたハーリーの手に落とした銃を拾い上げアキトは握らせた。

「…行くぞ…敵に気付かれた。後は、全力で走れ…ルリちゃんを助けたいならな…」

そう一言告げ、アキトは再び走り出した。その後を、ハーリーは必死に追っていった。



薄暗い闇の中に居た。鉄製の部屋に閉じ込められ、如何にも囚人といった感じさえした。
当然だ。今、自分は囚われの身だからだ。
最も、囚人といったのは言い過ぎで、この部屋は意外に広く、生活に必要な物は全て置いてある。
外に出る事以外は、この部屋の中で生活する分には殆ど困らないほどである。いわゆる軟禁状態である。

ルリはパイプベッドに仰向けになって天井を見上げていた。
ユリカと連絡を取りたいが、コミュニケを取り上げられてしまったので連絡手段はない。
コンピューター関係も一切ない。自分の能力を把握した上での部屋の設置なのであろう。

ルリは天井を見上げながら、ぼんやりと考えていた。あの時の会話を…
ラピスさん…アキトさんが救い出した少女。艦隊を1隻一人で掌握するほどの能力を持っている少女。
自分と同等の能力を持っている人…
それだけなら良かった。自分と同じ身の上の子は他にも居る筈だから…

それよりも気になったのは、その後。“ラピスと自分の存在理由は同じ…”
ラピスラズリ…記憶の中からその単語を模索する…自分に付けられた名称、ルリと兄弟的な宝石の名前を記す物…
どう言う意味なのだろう…あの時の会話からすれば、“遺跡”を掌握する事を目的としてラピスさんは遺伝子を操作されたみたい。
じゃあ、自分は?自分は、ネルガル、連邦宇宙軍に所属する前…私の居た場所。人間開発センター。
ネルガル重工の傘下の組織…あの時から、もうこの計画は始まっていたのだろうか?
じゃあ、自分も予め、そうなるように見越して創られたのだろうか?

頭の中で考えが行ったり来たりして混乱してくる。天井を見上げているのに、ぐるぐる視界が回りそう…
ノックの音が聞こえたので、起き上がった。なんだろう?まだ食事を運ばれてくるには早いはず…

「…出ろ…」

監視員は低い声でそれだけ言った。実験が始まるのだろうか?昨日一日は何もなかった。恐らく何かしらの調整があるのだろう。
ユリカがどうなったかも知る術はなかった。もしかしたら前の時のようにもう遺跡と融合してるのかもしれない。

「…あの…何なんですか?…」

「…北辰様がお呼びだ。理由は知らない…」

それだけ告げられ、私は通路を歩いていった。一体何が起こっているのだろう…

「…来たか…」

歩いていくとあの人が居た。北辰と呼ばれる人。横には、ユリカも居た。少しホッとした。
まだユリカも何かしらの実験には入っていない事が解ったから。この場所も昨日来た。見せられる為に…
見た瞬間解った。これは“遺跡”なんだって…
前の遺跡の2〜3倍はありそうな大きな物だった。だからと言ってただ大きいだけじゃない。
前よりももっと内面の濃い、とてつもない演算ユニットだった。

「…奴が来ている…」

「…奴?…」

「…復讐者だ…」

「!?アキト!!アキトなの!!」

突如ユリカが叫んだ。北辰に詰めかかりそうな勢いを両隣に居る監視者に止められた。それでも前のめりに叫んでいた。

「…遅かりし未熟者よ…再び相見えるか…」

そう言い北辰は笑った。邪悪な笑みで心底恐怖するような声で…



アキトは、今一人の男と対峙していた。監視員達ではない。追っ手はマシンガンによって粗方一掃したからだ。
今対峙しているのは、それらの奴等ではない。黒傘を被り表情までは見えない。

「…どけ…」

アキトは静かに言った。隣に居るハーリーはその声の怒気に加え黒い何かを感じ身震いした。

「…北辰様には近づかせん。それがわれ等影の宿命だ」

スラッと刀を抜いた。日本刀。最高の切れ味を持つその刀はライトに照らされ鋭い光を弾き返していた。
アキトはその刀を見て銃を抜いた。マシンガンではない。リボルバーの方をだ。

「…行くぞ!!」

一声。その瞬間鋭い踏み込みで黒傘が懐に踏み込んできた。殺った!
黒傘はその瞬間勝ちを確信した。今から銃を発射しても、その前に自分の刀が胴体を真っ二つにする。
右手に握られた銃弾が頭に発射されても、それでこの男を殺すなら自分の任務は果たしたのだから…

だが、次の瞬間、目の前で小さな火花が散った。金属と金属のぶつかり合う小さな火花。
甲高い金属の共鳴恩と共に、次の瞬間目に映ったのは…刀だった。
弾き返された自分の刀を潜り、自分の胴体を深々と切りつける刀の様子をある意味スローモーションのように見ていた。

「…馬…鹿な…木連式…抜刀術…だと…」

切り付けられた刀傷から血が流れ出るのが解った。アキトはその光景を無表情に見つめ、一瞥した。
ハーリーはアキトに縋り付くようにその後を追った。


『北辰様。遺跡の再調整終わりました!』

上段に居る研究員らしく白衣を纏った男が下段に居る北辰に声を掛けた。研究員は2,3人で上の大きなコンピューターを操作していた。
ルリとユリカはその光景をただ見つめているしか出来なかった。逃げようにも肩を掴まれているし腕には古いが手錠が嵌められている。

「…まずは、ミスマル・ユリカ…汝から礎になってもらおう。再びな」

嫌らしい笑みを浮かべた北辰にユリカは身震いした。二年前も自分はこうして遺跡に取り込まれたのだ。
最もあの時は、シャトルの事故時に仮死状態にされそのまま遺跡に融合されたから、自分で遺跡に触れた訳ではない。
だが…北辰の笑みは覚えていた。
遺跡内部で夢を見せられている時、その夢が中断された時見えたのは、アキトの連れ去られる姿と北辰の笑みだった。

だが、今は逃げ出す訳にはいかない。隣に居るルリが危機に陥る恐れがあるからだ。
気丈に笑みをルリに見せ、1歩1歩重い足を遺跡へと向けた。嫌だ。怖い…
恐怖の感情が自分の中を支配しているのが解っていた。だが…たった一つ自分の中にこの足が動いてくれる理由はただ一つ。
アキトが今こっちに向かってきている事だ。彼がどうしてこっちに向かってきているかは解らない。
ルリ達の話では、アキトは復讐者として生きている。もしかしたら北辰に仇を成す為だけかもしれない。

それでも…アキトが向かっている事だけが支えだった。


突如頭上から大きな爆発音が聞こえた。耳を劈きたくなるような炸裂音。続いて聞こえた人の悲鳴…
上で何か起ったのだと言う事は容易に想像できた。炸裂音は2,3度鳴り響き、その度に上のシステムの破片が飛び散った。

次の瞬間。ユリカの目に見えた物。頭上から照らし出すライトを覆い尽くすような漆黒のマントのような物を羽織った物が降ってきた。
5メートル近くある頭上から降ってきたそれは、銃声を轟かせながら自分の前に降り立ち、自分を背にして立ち上がった。
後ろで二つの音が倒れるのが解った。

ユリカはその光景を呆然と見ていた。反応できなかった。今、自分の前に立つ者が自分の思い描いている人物であるのが解ったから。

「…ア…キ…ト?…」

ユリカは細々と声を絞り出した。その言葉に僅かに後ろを向き、その人物は前を向き銃を抜いた。
ユリカは手を伸ばして、その背中に飛びつきたい衝動に駆られた。だが、出来なかった。
恐怖に支配されたのか、それとも目の前の変わってしまった最愛の者の事を認めたくないのか…解らなかった。

「うわああぁぁぁぁぁ!?」

それに続いて再び悲鳴。上の研究員ではなく、少年のような声。
振ってきたそれは、重力が小さいとは言え四つん場に着地し痺れた手足を振るって感覚を取り戻していた。

「…ハーリー君?…」

後ろからルリの声が聞こえた。そう、その少年は直に解った。自分の部下。と言っても直属的にはルリの下に位置するマキビ・ハリだった。

「あっ、艦長。助けに来ましたよ」

弱々しい笑みを浮かべながら、ハーリーは言った。その笑みが何時ものハーリーを思い出し、ユリカとルリにはそれが面白く映り、僅かに緊張がほぐれた気がした。

「…随分…早かったようだな…」

北辰が呟いた。

「…逃げろ…」

アキトは前を向いたまま後ろの三人に告げた。リボルバーを手馴れた手つきで弾き出し、弾丸を補充する。

「アキト!やっぱり、アキトなんでしょ!!」

ユリカは叫んだ。守るように自分の前に立つ男の背中に飛びつこうとした。だが、それをアキトは左手で抑えた。

「…お前達は関係無い…これは…俺の復讐だからな…」

「…アキト…」

「…マキビ・ハリだったか?二人を連れて早く逃げろ。小型艇がこの先にある筈だ…」

そう言いながら、アキトは銃を握った腕を北辰へと狙いを定めた。軸線上に北辰の額が位置している。
北辰はその光景を無表情に見、ただアキトを睨み付けていた。

「…アキトさんは…どうするんですか?」

「…俺の事には構うな…行け!」

その言葉に弾かれた様に、ハーリーは立ち上がり、ユリカの腕を引っ張りながら、ルリの元まで来て二人の腕を引っ張った。
そして、ユリカ達の通ってきたゲートを開き、通路へと出ていったのを見計らって、アキトは一つとボタンを押した。
途端、地響きと共に、遠くの方から炸裂音が聞こえた。

「…なるほど…この遺跡ごと埋めるつもりか…」

「…違うな…」

「…ほう?…」

「埋めるのは“俺達”だ。遺跡は後でラピスが誰にも届かない所まで運んでくれるさ」

「…なるほど…」

北辰は、禍々しい笑みを作った。その間にも頭上の方では爆発音が鳴り響き、この場所を揺るがしていた。

「…こうして貴様と対峙するのは二度目…いや三度目か…」

「……」

「…復讐者…か…貴様もまた我と同じ闇を背負いし存在なり…」

「……」

「…だが…未熟者よ。黒き闇を背負っていても、貴様の心には非情に徹し切れてはいまい!…」

抜刀した。漆黒の色をした刃をした刀だった。乱れ刃が僅かに血のような色を示した禍々しい刀だった。
舌で舐めるように刀を撫でた。そして刀を再び鞘に戻し、重心を低くした。

「…二年前のあの時の決着…着ける時が来たようだな…」

暫し無言の時が過ぎた。辺りを爆発音が襲い、徐々に施設全体が崩壊し始めているのが解った。
だが、妙に静かだった。お互いの距離は数十メートル離れているのにお互いの息遣いさえ感じられるほど…

一瞬の交錯。お互いの息遣いが重なり合った時一気に踏み出した。
銃声。刹那の間に数発の銃声が轟いた。その銃弾を諸共せず、刀を持ったまま踏み込んだ。
抜刀。黒い閃光が一瞬の内に横一線に閃いた。距離と落ちてきた障害物を差し置いても目の前の敵の体は真っ二つになっている筈だった。
自分の前に落ちてきた障害物はスローモーションのように滑り落ち、その向こうの光景を映し出した。

北辰の目が大きく開かれた。いない!その向こう側に在るべき“モノ”が…

次の瞬間、背後から鋭い一線が放たれたのが解った。一線は確実に目の前にいる対象物を切り裂いた。
噎せ返るような血が自分に降りかかった。だが、それを敢えて避けようともせず、崩れ落ちる目の前の物体を無表情に見ていた。

「…馬…鹿…な…ボソン・ジャンプ…だと?…」

途切れ途切れ喘ぐ様に唸った。まるで自分の目の前に起こった出来事が信じられないと言った感じで。
遺跡の機能は緊急フリーズ状態からまだ解除されていない筈だ。だが、今の状況を説明するのは之しかなかった。

アキトは残された一発の銃弾を装填した。その銃口を北辰の額に定めた。

「…見事…だ…った…」

血を吐き出しながら、その一言を最後に北辰は息絶えたようだった。脈を取ったが既に動いてはいなかった。
だが、アキトはその額目掛けて銃弾を放った。まるで己の中のどす黒い塊を放つかのように、正確に、そして残忍に…
辺りはますます爆発音を増し、上からは崩れ落ちた物が自分の周りに降り注ぐように落ちてきていた。

恐らく三人はもう脱出した筈だ。目的であった“二人を取り返す”は果たした。そして当初の目的の復讐も…
復讐者…その目的を果たした自分に残るのは何か?空虚感。それだけだった。
復讐者とは己に課せられた運命を果たした時、その存在理由を失うからだ。全てを捨てた自分に残るのは空虚感だけ
そこには今までの怒りも憎しみも無く、ただ空っぽだった。

アキトは、自己防衛機能でフィールドを張る遺跡に歩み寄った。
あの攻防の一瞬、この遺跡が光ったのが見えた。その瞬間、北辰の背後をイメージした瞬間飛んでいたのだ。
遺跡が自分を助けた?ただの演算ユニットでしか無い物にそんな思考回路が在るとは思い難いが、そう思えてならなかった。
そっと遺跡に手を触れると、何故かその遺跡はフィールドを張るのを止め、その輝きすらも打ち消してしまった。
まるでその目的を果たしたかのように…

「…礼を言う…」

何に対して言った礼かは解らなかった。ただ、そんな気がしたのだ。

もう辺りは、殆ど埋まってしまっていた。頃合か…っとアキトは一つのスイッチの付いたリモコンを出した。
そのリモコンは、ブラック・サレナに取りつけた相転移エンジンの暴走起動ボタン。
既に半壊してしまったこの施設なら丸ごとふっとばすだけの威力は在るはずだ。
皮肉にも過去ユリカに反対した手段を今度は自分が使おうとしているのだ。

僅かに頭の中を駆け巡った色々な物に苦笑を浮かべた。
最初に思い浮かんだのは、ナデシコに乗り込む前のユリカとの再会…急激な勝手気ままに囮を命じられて行なった戦闘。
白鳥や月臣などの木連の者達との出会い。ガイの存在。正義を好んだ彼と見たアニメ。今の自分の姿を見れば、彼は何と言うだろうか…
ナデシコのクルー…自分にとってユリカやルリ達と変わらぬほど掛け替えの無い物だった…
ユリカとの結婚。ルリを引き取って、細々としながらも幸せな時を三人で過ごした幸福な時。

そこで彼の回想は止まった。これ以降の記憶は覚えていない。と言うよりは、記憶していない。
ただ殺し、殺される…銃を握って奴らの下部組織に進入し一日中息を潜めていた時も在る。
銃弾が自分を貫いたのも稀ではなかった。エステバリスに乗っているときも致命傷な怪我を負ったときも在る。
IFSのレベルを上げすぎ、危うく死にかけた事もしょっちゅうであった…思い返せば、絶えない。
ラピスを救い出したのも恐らくは自分と同じ実験をされる彼女を見たとき、その周りの奴らを殺した結果に過ぎなかった。
己の中の記憶は、ナデシコの幸福な記憶と同等なほど己の中の闇の部分があるのだ。

今更、これを贖えるとは思っていない。贖える物ではないのだ。贖う気もない。
テンカワ・アキト。ナデシコに乗っていた時の幸福であった自分の存在はあの時死んだ。
残りは闇に身を潜めた自身だけだ。名前などどうでも良い。ただ…贖えるとするならば…死…だけなのだろうか…

スイッチを押そうとした。全ての記憶をシャットダウンした。何も感じはしない。復讐者として敵に銃弾を撃ち込んだ時と余り変わらない心境だった。
だが、次の瞬間耳に入った言葉にそのスイッチを押すのを踏みとどまった。

『…ガ…アキト!…アキトいるんでしょ!早く来てよ!もうここ崩れちゃうよ!』

「!?ユリカ!?」

思わず声張り上げた。無理も無い。脱出したと思った人物から、腕に付けたコミュニケに通信が入ったのだ。
このコミュニケは、その便宜上、通信のみ、しかもこの施設内でしか使えないようになっている筈だ。
っと言う事は、まだ彼女達がこの施設を脱出していない事を意味する。

「何をやっている!早く逃げろ!」

『え〜、だってアキトがまだ来てないじゃん。早く来ないと置いてっちゃうよ』

「馬鹿野郎!早く逃げろ!俺には構うな!」

『ダメ!ルリちゃんだって待っててくれるんだよ。ハーリー君だって』

「……」

『ねぇ、アキト。アキトがどうしてそんなんになっちゃったか解んないけど…私とアキトが居れば、またやり直せるよ。ねっ?』

優しい声だった。一番身近で、一番聞きたかった声…
復讐者としての自分の存在。それを遂げた自分に残った物は、空虚ではなかったのだ。
心の中に残っていた小さな欠片は、まだ自分の中に強く染み付いていたのだ。

何時もと変わらぬ…永遠に変わらない彼女の声を聞き、アキトは、フッと笑った。
そして、少しだけ昔のような幼い声で言った。

「…今からそっちに行く。待っててくれるか?三人とも」

『もっちろん♪』

『アキトさん…待ってます…』

『はっ、早くしてくださいよぉ。崩れちゃいますよぉ』

アキトはコミュニケを切り、リモコンを捨て走り出していった。
後に残されたリモコンは、爆発の余波で吹き飛び、飛来物により潰されていた。



途中は既に通路の崩れは酷く、何度か爆薬で吹き飛ばしながら走った。
頭の中に叩きこんだ通路を崩れの酷い所は迂回しながら走った。

『アキトさん!こっちです!!』

目の前に見えてきた小型艇から通信が入った。
入り口を開いた小型艇に飛びこむようにして乗り込み、その瞬間エンジンを吹き、小型艇は発進した。

「ふ〜、間一髪。ですね」

「…ああ…」

そう言いながら、アキトは笑った。ハーリーもその笑みを見て思わず綻ばせた。さっき見た邪悪な笑みではなく、優しげな笑みだった。
巧みに落ちてくる飛来物を交わしながら上昇し続け、遂に遺跡を脱出した。

アキトは後ろに消えていく遺跡の光景、崩れ落ち中に消えていく自分の愛機、ブラック・サレナの姿を見ていた。
そして、次の瞬間轟音が後方で起こった。自分の愛機の相転移エンジンが何かの衝動で暴走したのか?
だが、アキトはこう考えた。遺跡が全ての存在を消すため、己の憎しみをも連れ去って消滅したのだと…


シャトルは全速力で飛びつづけ、2時間後にはナデシコに戻っていた。
整備班に誘導され、シャトルをドッグに入れたハーリーは順序良く降りていった。
ユリカとルリも続いて降りていった。出口では、クルー達が帰ってきた二人を出迎える声と、三郎太がハーリーをからかう声などが耳に届いた。
アキトは最後に降りた。光を落としたコックピットから降りる際、辺りを包んだ光が妙に暖かかったのは気のせいじゃないだろう。
そして目にした光景。昔の“仲間”が皆勢揃いで自分を見ている光景だった。
少し戸惑った表情を浮かべたアキトにユリカは手を差し出した。

『お帰りなさい♪アキト♪』

その差し伸べられた手に戸惑いながらも、笑みを創りアキトは握り返した。


後書き
どうも。お初にお目に掛かります。xenoです。
今回、初の投稿です。ナデシコのサントラ(?)の中に、北辰、アキトの機体の中には二人の姿は無かった。
って言うのから、この話を書き始めました。復讐者としての存在であるアキト自身の中。
そのアキトが徐々に変わりつつあるもののその根底にある物は贖う事は出来ない。ってな事を書いて見たかったです。
復讐者とはその存在自体が憎しみであり、その他の感情は持ってはいない。
だが、完全に復讐者として成り切れないアキトの甘さや、その深層に在る感情を徐々に出していく。みたいに書きたかったんですが…
初のナデシコ物なので、若干設定におかしな所があるかと思いますが、そこの所はご了承あれ(^^;
xenoの方では、ナデシコではなくエヴァSSを本業としてます。興味があれば、どうぞ一度来てみてください。

PS,xenoとしては、アキト×ルリを推奨する訳ですが…今回は、初のナデシコ物と言う訳で、アキト×ユリカ、ハーリー×ルリで行きました。

Mail:xeno_@rose.freemail.ne.jp
HP:A STEP FORWARD INTO HEAVEN